『大日本近世史料』 細川家史料 11 細川忠利文書四 p.204

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七三〇七月二日書状案, 衆へ承可置候、右御家之下四尺之石垣は、少も不苦儀は必定たるへく候へとも、何ほとも, 御書頂戴仕候、八代池之事、昨日被仰聞外、御家之縁かは四尺ほと在之付〓、地震のため, も不苦儀と存候へ共、石垣は濱邊なと鹽堤さへ得御意被仕候樣、此ほと申候を承候、そ, 申候間、出來候て、其分石垣つき不申候はゝ石垣つくましき由、可被仰遣由御尤存候、少, れも家屋敷之こし石垣之類よし、又可被得御意事とは不被存候、更共、とかく具二此度年寄, 聞え尤之樣二被存候、此等之趣可有披露候、恐々謹言, 石垣をつかせ可然由、作事奉行申二付〓、見合よき樣二仕候へと被仰候由、大工能覺候由, 付候と被仰遣候ては如何御座候はん哉、不苦石垣こても御崩被成候事は、何ほとも公儀之, 板なとにて被仰付たるか、聞へ候ても可然樣被存事候條、我等如此二申上付〓、板二被仰, 當御代は、三齋樣なと不謂所まても重被成候ほと可被成御滿足候間、不苦所こても、同よ, 七月二日, ヲ要ス, ルガ幕府ヘノ, 石垣ハ潮堤サ, 板ナドニテ作, ニ滿足セム, へ幕府ノ許可, ドノ事大ナル, 聞ヘハ宜シカ, 家光ハ三齋ナ, ラム, 寛永十一年七月(七三〇), 二〇四

頭注

  • ヲ要ス
  • ルガ幕府ヘノ
  • 石垣ハ潮堤サ
  • 板ナドニテ作
  • ニ滿足セム
  • へ幕府ノ許可
  • ドノ事大ナル
  • 聞ヘハ宜シカ
  • 家光ハ三齋ナ
  • ラム

  • 寛永十一年七月(七三〇)

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  • 二〇四

注記 (24)

  • 1684,825,70,985七三〇七月二日書状案
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