『大日本近世史料』 細川家史料 12 細川忠利文書五 p.256

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九七四三月八日書状案〔魚住與助宛〕, 被埋候事、殘多儀と申迄之儀二御座候、, 一、九州衆罷上、大坂二逗留仕、さきへ著候衆次第二さき〳〵へ罷下、道つかへ不申樣nとの、, 江戸ゟ之御指圖と申來候間、此度は其身次第こは不罷成候はんと奉存候、委細魚住與介か, 我等大坂へ著候し、大坂ゟ飛脚進上可申之由被仰越付あ、申上候、我等事、九州衆被上候, 〓次第、つかへ不申候樣二、大坂nいつれも逗留仕、可罷下由、江戸御老中ゟ大坂へ申來之, た迄申上候、此等之趣可有披露候、恐々謹言, 三月八日, 一、信長樣ゟ幽齋樣へ御感状之事、三齋樣へ一往休齋被尋、御前へ上可被申之由、免角御感状, スルヲ指示廿, 九州諸大名大, 坂著順ニ參府, ノ埋モルハ殘, リ多キ儀ト中, ス迄, 織田信長感状, ル, 寛永十六年三月(九七四), 二五六

頭注

  • スルヲ指示廿
  • 九州諸大名大
  • 坂著順ニ參府
  • ノ埋モルハ殘
  • リ多キ儀ト中
  • ス迄
  • 織田信長感状

  • 寛永十六年三月(九七四)

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  • 二五六

注記 (19)

  • 635,830,74,1418九七四三月八日書状案〔魚住與助宛〕
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