『大日本近世史料』 細川家史料 14 細川忠利文書七 p.68

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「、判紙有之間敷かと、只今三拾枚遣申候事、, 以上, 之所あけ候て置候間、其元この被相計、書付、此使者之持せ、其方ゟも人を被添やらるへ, 「、我等氣色彌能候故、以策も昨日上せ候、此儀先書之申遣候へ共、此便はやく候はんと、如, く候、寺田・小杉・泉齋所へも、右之樣子之付乃書状遣申候事、, 生駒壹岐守殿内儀死去之由承候間、大炊殿へ爲使者、樹下右衞門差下申候、書状調、香典, 進之候, 一二六二八月廿二日書状(折紙), 肥後守殿, 此候事、, 八月廿二日」, (端裏貼紙、異筆), 八月廿二日」, 去ニツキ土井, 利勝へ使者ヲ, 遣ハス, 生駒高俊室死, 判紙三十枚ヲ, 送ル, 寛永十五年八月(一二六二), 六八

割注

  • (端裏貼紙、異筆)
  • 八月廿二日」

頭注

  • 去ニツキ土井
  • 利勝へ使者ヲ
  • 遣ハス
  • 生駒高俊室死
  • 判紙三十枚ヲ
  • 送ル

  • 寛永十五年八月(一二六二)

ノンブル

  • 六八

注記 (21)

  • 629,607,53,1047「、判紙有之間敷かと、只今三拾枚遣申候事、
  • 1073,981,52,156以上
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