『大日本維新史料 類纂之部』 井伊家史料 1 文政3年1月~嘉永2年6月 p.111

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末變し不申樣こと危キ處ヲ案思申候眞心こ有之候、, 又々入來給り候樣致度、兼而頼入候、此程之月の哥とも別こおろしき一通も慰こ見セ申候, し貫名氏之義は、何ろ嫉ここ而も有之樣こ思はれ候而は心よろらす、小子ろ申は、元來り人, 是は全く當人之爲こ致候こ而無之、甚以見聞危き事共こ候、當人ハ世間も存不申人之事、若, 處、昨日は不快之由承り、〓こ案思候間、尋申入候、然處幸外ゟ鮎もらひ申候こ付、輕少, 年之事とハ申無理ハ無之候、只仕付方ろ第一こ候間、折角御世話被遊被下置候事こ候ハゝ、, 間こハ隨分嚴敷事も恐ろしき事も無之てハ成不申と存候、當時之處こ而は何分薄氷を踏如く、, 我之相を離して申事こ而、世間之評判とは違申候、只折角之思召と云、當人之立身と申、行, 定而中秋之作も可有之、序ヲ以爲見可給候、餘り〳〵不沙汰故、此間中一寸尋申入度存候, と被存候、其上今之御振合こては慥成附人も無之、御前こ〓は誰も〳〵付まとひ申候得共、, 又後々こ至り而は、うまき物無くてハ、食事出來不申樣こ成行申へく哉と案思遣し申候、然, 扠々世間はうなさきものこ候、其初メ廣小路之風義御拔キ被遊候思召こ哉、早々御殿へ御引, 取、其段は至極御尤こ存上候得共、出候餘り結構過候事のみこ候間、却而當人之爲こ難相成, 一さ金〳〵咄申入度事共も候へとも、御在城中は面會も難致、其中御留主こも相成候ハゝ、, 貫名氏之勢ヒは不怪事、世間こても是のみ評判こ候、夫こ付ても又例之惡口も有之候樣子、, 月ノ歌ナドヲ, 外記ニ贈ル, 評判, 貫名茂代治ノ, 弘化二年八月, 一一一

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  • 月ノ歌ナドヲ
  • 外記ニ贈ル
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  • 貫名茂代治ノ

  • 弘化二年八月

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注記 (21)

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