『大日本維新史料 類纂之部』 井伊家史料 5 安政4年1月~同5年2月 p.441

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一九六二月二十日京都御所投書(寫), へ御渡ニ相成候事計は、慥ニ伺候ニ付申上候へ共、文中之密旨は殿下ゟは未伺不申候事故、, 到來之書状も其儘奉入御覽可申候、以上、, 此度其邊之御事と奉存候、左候へは拙者ゟ御直々申上候筋とあ候間、別段御驚可有御座義こ, 御所へ投訴」, 一應接假條約之く趣、無餘儀次第開湊候共、舊冬十二月廿四日ニ被仰出候通り、畿内及皇居近國, あは無御座候、〓京都之上ならては治定は難申上奉存候、別事は無之候へ共、只今飛脚ユあ, 天子より殿下之御手へ渡り候事は、實は拙者は御内々ゟ伺候事こて、右之品殿下之御手, 事、敵方へは爲知不申候間、此段も御承知可被下候、, フ相除候樣ニと思召候間、攝州兵庫被除候樣こは相成間敷哉之く事、, 一薩州之直書, 二月廿日夜, 「午一月廿日, (端裏書、朱書), 條尚忠二下附, サレド文中ノ, 島津齊彬ノ直, 書士上ヨリ九, セラル, 密旨ハ未ダ伺, 畿内及ビ皇居, 方ニハ口外ヤ, 近國ノ開港ヲ, ナレバ兵庫ハ, 除クベキ叡慮, 除力レタシ, ハズ, ズ, 安政五年二月, 四四

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  • (端裏書、朱書)

頭注

  • 條尚忠二下附
  • サレド文中ノ
  • 島津齊彬ノ直
  • 書士上ヨリ九
  • セラル
  • 密旨ハ未ダ伺
  • 畿内及ビ皇居
  • 方ニハ口外ヤ
  • 近國ノ開港ヲ
  • ナレバ兵庫ハ
  • 除クベキ叡慮
  • 除力レタシ
  • ハズ

  • 安政五年二月

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  • 四四

注記 (30)

  • 739,784,80,1398一九六二月二十日京都御所投書(寫)
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