『大日本維新史料 類纂之部』 井伊家史料 7 安政5年6月~同年7月 p.145

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カラフトを願度云々抔可申出、左候はゝ定て墨夷ニ御濟セの港と違ひ、不毛の地故御貸は被下, は追て御取かへしも相成候へ共、被下御貸抔申御名目付候へは、二度御引かへしは相成難く、, 謀主ニ可有之とは被察候、墨夷を内海へ乘入さセ不法致さセ、先ツ此方の動靜を見候上こて、, 魯夷は御法を守り候樣こいたし長崎へ來り、其後は墨夷ニ數ケ條願セ登城迄致さセ、此度假, 條約調印濟候義承知ニて魯夷登城を願候は、墨夷願數ケ條さへ御濟セニ相成候へは、魯夷は, 此度魯夷登城を願候との風説承り及候所、魯夷は墨夷を先手こいたし、又墨夷は闇佛を先手, 六〇六月二十九日前水戸藩主徳川齊昭上書大老老中宛, こいたし、魯墨共に不戰して己か欲をとげんと存候義は最初より見え申候事こて、布恬廷則其, カラフトへ城郭をかまへ候へは後患無限、此義は廿年前より心配致候事之あ、是迄も追々建白, こも可相成との了簡共被察候へ共、決て被下は勿論御貸抔と申事は無之樣仕度候、彼より奪候, 一事實相違之事共、上方筋へ爲致流布候族を候趣、正邪不分明之廉二る難相決義有之、第一<, 御大老初へ水戸隱士」, 御大老初へ水戸隱士, 此義初ナリ, (中斜包紙ウハ書), シ自國ノ欲筆, 用ヲ許可スル, コト勿レ, 露米兩國連繋繁, 露國ニ樺太借, ヲ遂ゲントス, 安政五年六月, 一四五

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  • シ自國ノ欲筆
  • 用ヲ許可スル
  • コト勿レ
  • 露米兩國連繋繁
  • 露國ニ樺太借
  • ヲ遂ゲントス

  • 安政五年六月

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  • 一四五

注記 (23)

  • 575,621,56,2299カラフトを願度云々抔可申出、左候はゝ定て墨夷ニ御濟セの港と違ひ、不毛の地故御貸は被下
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