『大日本維新史料 類纂之部』 井伊家史料 19 安政6年4月~同年6月 p.295

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

一昨十二日夕刻迄は松戸宿之は泊り之者無之よし、, 一御國許は殊之外困窮いたし居候樣子との風聞之御座候、, 一重立候者は出入共具足爲持候よし、, 一右藤代宿こる十一日切腹之者兩人有之候よし、, 哉、無盆之事なとと申取合不申、都ろ咄不致工風之よし、, 一宿々乙役人詰居、疑敷見請候と〓人迄も相改候樣子故、通行少く候由、, 行不絶有之候よし、, 一此度之樣子松戸・小金邊ころ可承と、茶屋抔え立寄其咄始メ候得は、最初は少しは咄初候, 右風聞之趣申上候、先日中申上候とは相違之廉々御座候得共、追々承込之趣其儘申上候、, 一前書尾崎豐後出張之者押之ため罷越候之付、追々穩之可相成哉と風聞いたし候由、, 得共、尋之樣子乙察候と直樣余之咄之移り、夫を押返承候と、其樣成事承り何之いたし候, 一流山邊之樣子承候処、先日申上候とは違、此度は格別通行無之、尤一日z五七人位充は通, 但尾崎豐後は家老之由、藤代宿は松戸より四宿先こら、道法七里半と申事之御座候, 五月十三日, 以上、, 屋等ハ多クヲ, 戸小金邊ノ茶, 流山邊ハ格別, 語ラズ, ノ者ナシ, 通行ナシ, 此度ノ樣子松, 松戸宿ニ泊リ, 腹ノ者アリ, 藤代宿ニテ切, 國許困窮ノ由, 水戸藩士民出府探索關係史料, 二九五

頭注

  • 屋等ハ多クヲ
  • 戸小金邊ノ茶
  • 流山邊ハ格別
  • 語ラズ
  • ノ者ナシ
  • 通行ナシ
  • 此度ノ樣子松
  • 松戸宿ニ泊リ
  • 腹ノ者アリ
  • 藤代宿ニテ切
  • 國許困窮ノ由

  • 水戸藩士民出府探索關係史料

ノンブル

  • 二九五

注記 (28)

  • 940,651,56,1272一昨十二日夕刻迄は松戸宿之は泊り之者無之よし、
  • 1640,649,57,1453一御國許は殊之外困窮いたし居候樣子との風聞之御座候、
  • 1524,650,57,924一重立候者は出入共具足爲持候よし、
  • 1756,649,57,1221一右藤代宿こる十一日切腹之者兩人有之候よし、
  • 592,692,56,1463哉、無盆之事なとと申取合不申、都ろ咄不致工風之よし、
  • 1174,655,58,1852一宿々乙役人詰居、疑敷見請候と〓人迄も相改候樣子故、通行少く候由、
  • 1292,688,54,479行不絶有之候よし、
  • 823,649,57,2351一此度之樣子松戸・小金邊ころ可承と、茶屋抔え立寄其咄始メ候得は、最初は少しは咄初候
  • 475,633,57,2280右風聞之趣申上候、先日中申上候とは相違之廉々御座候得共、追々承込之趣其儘申上候、
  • 1056,645,58,2155一前書尾崎豐後出張之者押之ため罷越候之付、追々穩之可相成哉と風聞いたし候由、
  • 706,685,58,2316得共、尋之樣子乙察候と直樣余之咄之移り、夫を押返承候と、其樣成事承り何之いたし候
  • 1406,645,58,2364一流山邊之樣子承候処、先日申上候とは違、此度は格別通行無之、尤一日z五七人位充は通
  • 1872,808,59,2153但尾崎豐後は家老之由、藤代宿は松戸より四宿先こら、道法七里半と申事之御座候
  • 244,757,50,277五月十三日
  • 362,2836,52,131以上、
  • 737,266,40,256屋等ハ多クヲ
  • 781,266,43,264戸小金邊ノ茶
  • 1426,258,43,268流山邊ハ格別
  • 694,266,40,120語ラズ
  • 914,272,40,160ノ者ナシ
  • 1382,260,45,169通行ナシ
  • 825,265,44,264此度ノ樣子松
  • 958,263,42,262松戸宿ニ泊リ
  • 1738,259,40,216腹ノ者アリ
  • 1783,257,41,266藤代宿ニテ切
  • 1651,260,41,265國許困窮ノ由
  • 134,836,45,569水戸藩士民出府探索關係史料
  • 134,2504,44,122二九五

類似アイテム