『保古飛呂比』 保古飛呂比 7 明治9年~同10年 p.180

Loading…

要素

ノンブル

OCR テキスト

一石本少尉筆記ニ曰ク、, ズト云ヘリ、, (參考), く々々べんきよう致し候よし、萬々御目出度ぞんじまゐらせ候、偖、此方事も北村長さんと二人二, されども、人氣たちをり候事ゆへ、いかようの事あるも知れ不申、此度は北村と兩人はひつしのか, くごにて參り候間、さよう御きゝなされ度候、御まへ樣も御老人・小供かず々々に付、いろ々々御, 本月五日の御文〓存參らせ候、まづ〳〵御祖母上樣、皆々樣御きげん宜しき御よし、律・高志もよ, 一お貞へ送れる書簡、左の通、, て、土佐へ明日より參り候、土佐もとかく六ケしく候へ共、先々軍と申二なるまじくとぞんじ候、, ノ光景ニ付、如何可致哉ノ内談ニ來レリ、高行ノ考ニハ、譬へ僅々ノ人員ニテモ、同志ハイツ〓モ正, 心ぱいとぞんじ候へども、兼ての御こゝろがけもあること故、何分とも御氣ながく御せはなされ度, 六月八日、早朝、西郷ノ旅寓ニ行キ、其意ヲ述べ、次テ佐々木モ行キ、其儀内決シテ、佐々, 路ヲフミ、志ヲ達シ候事肝要ニ付、一同屹度憤發盡力スベシト答へタリ、此ノ時社員二三十名ニ過ギ, 木上京上申、正ニ高知行ノ命アリ、, 重頼へ高行ヨリ書簡遣シ、大久保ヨリ權令小池へ書簡遣ノ運ニ相戌候、右阿部氏ハ、中立社最早瓦解, 卷三十八明治十年(六月), 一八一

  • 卷三十八明治十年(六月)

ノンブル

  • 一八一

注記 (17)

  • 1241,619,53,537一石本少尉筆記ニ曰ク、
  • 1463,550,52,281ズト云ヘリ、
  • 1352,577,53,143(參考)
  • 685,596,59,2359く々々べんきよう致し候よし、萬々御目出度ぞんじまゐらせ候、偖、此方事も北村長さんと二人二
  • 466,596,57,2362されども、人氣たちをり候事ゆへ、いかようの事あるも知れ不申、此度は北村と兩人はひつしのか
  • 353,594,60,2369くごにて參り候間、さよう御きゝなされ度候、御まへ樣も御老人・小供かず々々に付、いろ々々御
  • 794,595,60,2369本月五日の御文〓存參らせ候、まづ〳〵御祖母上樣、皆々樣御きげん宜しき御よし、律・高志もよ
  • 909,509,55,695一お貞へ送れる書簡、左の通、
  • 576,602,58,2326て、土佐へ明日より參り候、土佐もとかく六ケしく候へ共、先々軍と申二なるまじくとぞんじ候、
  • 1677,556,60,2416ノ光景ニ付、如何可致哉ノ内談ニ來レリ、高行ノ考ニハ、譬へ僅々ノ人員ニテモ、同志ハイツ〓モ正
  • 243,598,60,2362心ぱいとぞんじ候へども、兼ての御こゝろがけもあること故、何分とも御氣ながく御せはなされ度
  • 1126,710,59,2246六月八日、早朝、西郷ノ旅寓ニ行キ、其意ヲ述べ、次テ佐々木モ行キ、其儀内決シテ、佐々
  • 1565,545,61,2418路ヲフミ、志ヲ達シ候事肝要ニ付、一同屹度憤發盡力スベシト答へタリ、此ノ時社員二三十名ニ過ギ
  • 1018,703,55,826木上京上申、正ニ高知行ノ命アリ、
  • 1787,548,60,2424重頼へ高行ヨリ書簡遣シ、大久保ヨリ權令小池へ書簡遣ノ運ニ相戌候、右阿部氏ハ、中立社最早瓦解
  • 148,701,44,660卷三十八明治十年(六月)
  • 147,2593,43,94一八一

類似アイテム