『保古飛呂比』 保古飛呂比 8 明治11年~同12年 p.292

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方寸も殆ど困窮仕候、何れ明後日の拜顏と、早々拜答仕置候、頓首、, 内卿へ昨夕御申入被成候處、御情實は、至極尤に聞取り候へ共、今日御斷り等は如何哉、大臣へ篤, 宮内卿・大臣へも申立、萬一御辭表に相成候時には、迂老も外に見込も無之、素懷御同樣に申立候, 可宜と奉存候間、願くは、十一時前より十二時〓、寛りと御話し合申度と奉存候、御身上の事、宮, と可申入との返答に相成り候由、委細御内示の趣敬承仕候、迂老にも右御申立の上は、愚存丈けは, 半と、相含み居申候事に御坐候、御内情御困卻と深察仕、忍耐も忍耐せざるも國家の爲め、迂老の, 有之と存候間、御同前に企望し、岩公見込に御基礎相立、一統其御心積りに相成り、順路に相運候, 樣に、彌以て相祈り申候、尚得と賢慮も相伺ひ、御談合申度、一昨日は早々にて意中を盡し不申に, 付、紙上ながら一と通り得貴意置申候、頓首、, 拜見仕候、今日岩公より御返答有之、明後九日午前十一時前後に、内閣にて面談可被致との趣、承, 知仕候、御示諭の通り、十時後に候へは、御稽古後にて、皇后宮御稽古丈けは御斷り申上候て, 佐々木老兄, 六月二日元田永孚, 元田永孚, 六月二日, 六月七日元田永〓, 元田永孚, 卷四十四明治十二年(六月), 六月七日, 二九二, 元田永孚

  • 卷四十四明治十二年(六月)
  • 六月七日

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  • 二九二
  • 元田永孚

注記 (21)

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