『大日本史料』 10編 2 永禄12年3月~同年6月 p.226

Loading…

Element

頭注ノンブル

OCR text

より、二囘使者來り、饗宴を設けて、我等を待てりと傳へたり、又上の城より, 用ひ、之より内は侍女を用ふるが故に、何人も入ることを得ず、又子息二人, 二囘使者來りて、食事終らば、柴田殿予を上に連れ來るべしとの王の命を, 傳へたり、山は甚だ高く、又急にして、城の入口には、一種の胸堡あり、青年の, 告別の贈物として、シヤツ一枚、セイラのズボン下一著及び紅色の上履一, ありて其用をなせり、年長なるは十三歳にして、年若きは十一歳なり、予は, 三の大なる座敷あり、信長の領國の重立ちたる大身達の子息なる少年の, 武士、年齡十二歳乃至十五歳なる者、約百人此處に居り、王は之を外の使に, 翌朝降雨甚だしく、我等の旅宿甚だ遠かりしが故に、中川タチロザエモン, き前例なき厚遇は、何に因れるかを知らず、意外とする所なりと言へり、彼, ることを知らざるが故に、其驚は道理あり、, の異教徒の間に於て、此の如く我等を助け給へるデウスの御慈悲に因れ, 武士十五人又は二十人、晝夜絶えず之を衞れり、城に登れば、入口の次に、二, 等は、此事の一切の幸福の源泉より出で、予は何の功徳なきに拘らず、多數, 足を携へしが、柴田殿先づ之を携へて入れり、信長は、直に右のズボン下及, ノ城ニ登, 諸侯ノ人, 信長ノ子, 稻葉山上, ふろいす, ふろいす, 質, ノ告別ノ, 贈物, 息, ル, 永祿十二年四月八日, 二二六

頭注

  • ノ城ニ登
  • 諸侯ノ人
  • 信長ノ子
  • 稻葉山上
  • ふろいす
  • ノ告別ノ
  • 贈物

  • 永祿十二年四月八日

ノンブル

  • 二二六

Annotations (28)

  • 1197,661,66,2206より、二囘使者來り、饗宴を設けて、我等を待てりと傳へたり、又上の城より
  • 504,663,67,2204用ひ、之より内は侍女を用ふるが故に、何人も入ることを得ず、又子息二人
  • 1085,664,66,2202二囘使者來りて、食事終らば、柴田殿予を上に連れ來るべしとの王の命を
  • 971,662,66,2201傳へたり、山は甚だ高く、又急にして、城の入口には、一種の胸堡あり、青年の
  • 256,665,73,2191告別の贈物として、シヤツ一枚、セイラのズボン下一著及び紅色の上履一
  • 381,663,68,2204ありて其用をなせり、年長なるは十三歳にして、年若きは十一歳なり、予は
  • 740,664,67,2202三の大なる座敷あり、信長の領國の重立ちたる大身達の子息なる少年の
  • 628,663,66,2205武士、年齡十二歳乃至十五歳なる者、約百人此處に居り、王は之を外の使に
  • 1313,652,66,2201翌朝降雨甚だしく、我等の旅宿甚だ遠かりしが故に、中川タチロザエモン
  • 1775,659,65,2194き前例なき厚遇は、何に因れるかを知らず、意外とする所なりと言へり、彼
  • 1431,661,62,1282ることを知らざるが故に、其驚は道理あり、
  • 1541,659,68,2194の異教徒の間に於て、此の如く我等を助け給へるデウスの御慈悲に因れ
  • 856,663,66,2200武士十五人又は二十人、晝夜絶えず之を衞れり、城に登れば、入口の次に、二
  • 1657,652,68,2205等は、此事の一切の幸福の源泉より出で、予は何の功徳なきに拘らず、多數
  • 133,672,75,2201足を携へしが、柴田殿先づ之を携へて入れり、信長は、直に右のズボン下及
  • 1022,311,44,160ノ城ニ登
  • 762,307,43,168諸侯ノ人
  • 412,307,41,170信長ノ子
  • 1068,308,42,162稻葉山上
  • 1116,309,36,160ふろいす
  • 326,311,38,161ふろいす
  • 718,308,39,39
  • 281,313,40,156ノ告別ノ
  • 236,308,44,84贈物
  • 371,307,35,41
  • 985,311,31,28
  • 1886,732,47,379永祿十二年四月八日
  • 1896,2444,43,123二二六

Similar items