『維新史』 維新史 1 p.291

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江戸城の修築工事を行ひ、全大名に邸第を與へて妻子家臣を駐めしめた爲に、多, き現象であつた。これ近世封建制度の第三の特色である。就中江戸は天正十, 八年徳川家康が入國して早くも經營に著手し、幾許もなく覇府と定めて、宏大な, つては、之を徴すべき正確な史料は無いが、三十萬以上には達したことであつて、, 即ち全人口は百萬に近く、當時世界に於ける最大都府ロンドン・パリと略匹敵し, の人別改の結果は、町方支配人・寺社門前町人・出, 數の町人が亦各地より蝟集して、茲に政治經濟の一大中心地として、俄然殷盛を, の屆書に、奉行支配に係る町人數として四十六萬九千三百四十三人を記載し、更, 稼人を合して五十八萬七千四百五十八人を算してゐる。一方武家の人數に至, てゐたと想像される。之に對して、大坂は物資を集散し、金融機關を具備した商, 極めることとなつた。試みに其の人口を見るに、享保・九年町奉行大岡忠相, を算し、又京都は公家都市、宗教・學問・藝術の都として榮え、享保四年には三十, 業都市として發達し、人口は享保九年には三十五萬六千九十二人, に天保十四年老中水野忠邦, 四萬千四百九十四人であつた。三都以外にあつては、金澤・名古屋・仙臺等が發展, 此の年火災ありて, 前年に比し人口幾, 分減, 越前, 越前, 少, 守, 守, 第二編封建制度の分解, 二九二

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  • 此の年火災ありて
  • 前年に比し人口幾
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  • 越前

  • 第二編封建制度の分解

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  • 二九二

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  • 1492,583,72,2269江戸城の修築工事を行ひ、全大名に邸第を與へて妻子家臣を駐めしめた爲に、多
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