『大日本史料』 1編 1 仁和 3年 8月~寛平3年12月 p.394

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はやめてかの嵯峨にまうてゝそ問ひ奉りける、, 人にすくれ給ひておはしましけるに、やんことなき博士のみちをとけ給, る、この頃ならは法師にそなり給はまし、昔はかくそおはしける、心もさと, ひきものゝうちにたれこめて、人にも見え給はて、わらはにてそおはしけ, とかいふ所たちよりとふらひ奉られけるに、難きこと侍りけるをは、駒を, 昔橘廣相とて名譽の博士ありけり、昭宣公の表奉られける勅答作けるに, けるとき、廣相の宰相ときこえける人の、かのはかせになり給けるに、小屋, くいとまもおはするまゝに、よろつの文をひらき見給けれは、身の御さえ, 殘晴李落、嚢錐頴脱濕蘆穿、風光賣眼應無限、誇得遊春諸少年、, 公の御許に參りて、君は攝政はのかれ給へるにや候らむ、阿衡は位なれと, 美景留連實可憐、好當池上與庭前、始抽迸箏排大筆、新出圓荷覆小錢、錦段粧, 攝政はせすと申けれは、然らさる事とて、今は世に仕ふましき身なれはと, 十訓抄〕上第四可誡人上事, 〔田氏家集〕上題橘才子所居池亭, 時の儒者佐世是をみて、昭宣, 以阿衡之任爲公之任と書り、, ○仁和四年五月, 十五日ノ條參看, 廣相ト島, 廣相ト藤, 田忠臣, 原佐世, 寛平二年五月十六日, 三九四

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