『大日本史料』 1編 2 寛平 4年正月~延喜元年10月 p.395

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ハ、御母儀染殿后ヨリ、御使櫛ノ齒ノ如ニ、シケウ走重テ、御方ステニ負色ニ, ナリトテ、獨鈷ヲ以テ頭ヲ〓破リ、腦ヲ碎シ、乳ニ和シテ、護摩ニ燒、黒烟ヲ立, にゐておはしましけり、時よへてひさしくなりにけれは、其人の名わすれ, 手ニ可合トモ見ヘヌ人、御夢想ノ御告有トテ、申請テソ被出ケル、去程ニ那, 取テ伏ントス、サレ共、那都羅ハ大ノ男、カサニ囘ル、善雄猶危ナウ見ヘケレ, 都羅善雄寄相テ、ヒシ〳〵ト爪取シテ除ニケリ、暫有リテ、那都羅ツトヨリ、, の宮へなんおはしましける、その時みきのむまのかみなりける人をつね, 子惟高親王家ヨリハ、那都羅右兵衞督トテ、凡六十人カ力現シタル勇々シ, 善雄ヲ取テサヽケ、二丈計ソ投揚タル、只直テ不倒、善雄又ツト寄、那都羅ヲ, 見ユ、如何セント仰ケレハ、惠亮和尚ハ、大威徳法ヲ被行ケルカ、コハ心憂事, テ、一揉被揉タリケレハ、善雄相撲ニ勝ニケリ、二宮位ニ即セ給、清和御門是, キ人ヲ被出タリ、二宮惟仁親王家ヨリハ、善雄少將トテ、勢些ウ絶ニシテ、片, 〓なたにみなせといふ所に宮ありけり、年毎のさくらの花さかりには、そ, ナリ、, 〔伊勢物語〕下昔これたかのみこと申すみこおはしましけり、山さきの, ト在原業, 惟〓親王, 平トノ交, 水無瀬宮, 遊, 寛平九年二月二十日, 三九五

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  • ト在原業
  • 惟〓親王
  • 平トノ交
  • 水無瀬宮

  • 寛平九年二月二十日

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  • 三九五

注記 (22)

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