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して、其さまことにをかしくつくりなしたるものなるべし、, のことにて、, しの事のやうに書なし、歌をもいさゝかなほして、入たるものとおぼしき, バれし時はなかりけんを、いと後にかの歌を聞傳へたる人の、詞書をむか, 也、後撰集なる詞書に、水をもて出てよみ侍りけりとあるよりも、此集のご, ぼゆる、さてまた大和物語には、, 人なりけむ、かれおもふに、大和物語なるも、後撰集のごとく、古のことにな, 檜垣女は、かの純友が亡びたりしころは、二十にたらぬわか, とく、かくれもあへず、せむすべなくてよめるさまなるぞ、まことしくはお, はへもけづりもしつと見ゆれバ、檜垣女が歌も、そのかみ元輔たちのえら, 討手の使は、天慶三年の事にて、同四年に純友は亡びたりき、, かゝれバ後の人の、つき〴〵にく, たし、そは純友がおほやけにそむきまつりしは、朱雀天皇の御代にて、野大, れる本もさま〴〵たがひありて、歌も多き少きいと異なりけん、, しかればこれも、檜垣女が老ぬるころよりは、はるかにまへ, 貳, とあるもこゝろえが, てには、四十年, き事は、本居翁の詞のつかねを、また岸本, ○上ノ鹿のねはノ歌, 計たがヘり、, 紀略、李部王記, 由豆流が標註などに、くはしく見えたり, 物語文は、あら, 月十四日卒とあり、これ又卒年よりかぞへても、檜垣女老後ま, 好古、, 一同ジキヲ以テ略ス, 小野, ぬさまにつく, 小野好古は公卿補任によるに、天慶八年太宰大貳、康保四年三, 後撰集の, 扶桑略, しどけな, 等考ふべし、, 記、日本, 大和物語, 檜垣ノ歌, ハ後人ノ, 〓入ナリ, ノ時檜垣, 後撰集ノ, ノ記事モ, 純友滅亡, ハ二十歳, 亦疑フベ, トノ説, トノ説, 未滿ナリ, 天慶四年五月二十日, 八九一
割注
- てには、四十年
- き事は、本居翁の詞のつかねを、また岸本
- ○上ノ鹿のねはノ歌
- 計たがヘり、
- 紀略、李部王記
- 由豆流が標註などに、くはしく見えたり
- 物語文は、あら
- 月十四日卒とあり、これ又卒年よりかぞへても、檜垣女老後ま
- 好古、
- 一同ジキヲ以テ略ス
- 小野
- ぬさまにつく
- 小野好古は公卿補任によるに、天慶八年太宰大貳、康保四年三
- 後撰集の
- 扶桑略
- しどけな
- 等考ふべし、
- 記、日本
頭注
- 大和物語
- 檜垣ノ歌
- ハ後人ノ
- 〓入ナリ
- ノ時檜垣
- 後撰集ノ
- ノ記事モ
- 純友滅亡
- ハ二十歳
- 亦疑フベ
- トノ説
- 未滿ナリ
柱
- 天慶四年五月二十日
ノンブル
- 八九一
注記 (50)
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