『大日本史料』 2編 1 寬和2年6月~正暦4年6月 p.9

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やりの君、入道中將なりふさの君なり、, とひをはさめて法師になり給き、いひむろといふところに、いとたうとく, 天下之權、而院竊出内裏幸花山テ出家、兩人聞出テ追參上、院已爲比丘、惟成, ほと、見くるしかりなんと聞えさせけれは、けにさもと、いとゝおほしてな, たましゐいとかしこく、いうそくにおはして、花山院の御時のまつりこと, 給そかし、そのみかとをは、うちおとりのとめてたとそよの人申し, のよしちかの中納言の御出家、これしけ辨のすゝめきこえられたりける, とそ、いみしういたりありける人にて、今更によそ人にてましらひ給はん, おこなひてそかくれ給ひし、その中納言、もむまうにはおはせしかと、御心, り給にしを、もとよりおこし給へるとうしんならねは、いかゝと人おもひ, は、たゝこの殿と、これしけの辨として、おこなひ給へれは、いといみしうし, うせ給へしそかし、その御子はたゝいまのいひむろ僧都守禪の君、ゑあし, 聞えしかと、おりゐ給へる御心の本性なれは、けたいなくおこなひ給ひて, やかてわれもをくれたてまつらしとて、花山寺まてたつねまいりて、中日, 〔袋草紙〕三花山院御時、中納言義懷ハ外戚、惟成辨ハ近習之臣ニテ、各執, こ, 寛和二年六月二十四日, ○下, ○中, 略, 略, 家ハ惟成, 義懷ノ出, ノ勸メニ, 依ル, 寛和二年六月二十四日, 九

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  • ○下
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  • 家ハ惟成
  • 義懷ノ出
  • ノ勸メニ
  • 依ル

  • 寛和二年六月二十四日

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注記 (27)

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