『大日本史料』 2編 2 正暦4年7月~長徳3年8月 p.776

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天祿元年、同し卿元服の事、天延二年、同し卿廿歳のほとまての事ともをし, ふと名つけられたる事は、此記上卷の末に、物はかなきをおもへは、あるか, るされたり、此内天徳三年より、應和元年まて三年の間闕文あり、かけろ, きものにて、〓文衍字なと考ふへからさること多し、契冲の校本あれとも、, 十日、, ○道綱母ト女御登子ト、和歌等ヲ贈答スルコト、天延三年三月二十九, 上中下卷に又、をの〳〵卷の上下、あるひは上中下なとわかちて八册とす、, 年の間の日記なり、此日記、刊本寫本ともに傳寫のあやまり、はなはたし, こと〳〵く校正のとをりたるものにあらす、善本を得て重校すへし、, 日ノ條ニ、兼家薨去ノコト、正暦元年七月十二日ノ條ニ、道綱母ノ兄理, なきかのこゝちするかけろふの日記と、みつからかゝれたり、流布の本、, もとは三卷のものなるへし、此書、天暦八年より、天延二年に至る廿一箇, のかよひ初たまひしほとより、道綱卿誕生の事、應和三年、道綱童殿上の事, 能ノ卒スルコト、本年年末雜載、生死ノ條ニ見ユ、, 〔小右記〕五月十日、己酉、亥終修理職燒亡之由、自陣告、心神熱惱、不〓入以輔, 〓、修理職燒亡ス, 長徳二年五月十日, 己, 酉一, 契沖ノ校, 刊本ト寫, 本, 書名, 闕文, 卷數, 本, 長徳二年五月十日, 七七六

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  • 酉一

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  • 契沖ノ校
  • 刊本ト寫
  • 書名
  • 闕文
  • 卷數

  • 長徳二年五月十日

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  • 七七六

注記 (28)

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