『大日本史料』 2編 2 正暦4年7月~長徳3年8月 p.798

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親王女旅子女王也、長徳二年七月二十日入内、, はすこしのとやかにみえ給へる、, ○義子ヲ女御トナスコト、八月九日ノ條ニ見ユ、, れと、世中に誰もおほしはゝかりつるを、いまの關白殿の御むすめあまた, らのむすめを北方にて、姫君一人、男君二人もてかしつきてもたまへりけ, たゝいま, おはすめれと、またいとおさなくて、はしりありき給ほとなれは、それにお, ほしはゝかるへきにあらす、これも内にとおほしたちけり、春宮には淑景, 女御從二位藤義子内大臣公季一女、母兵部卿有明, まめかしう、さま〳〵にしたてまつる事さら也、唯女御の御おほえそ、これ, 舍、内侍のかみさふらひ給ふ、宣耀殿はた一の宮の御母女御にて、又なき御, の侍從の中納言といふは、九條殿の十一郎公季ときこゆる、これもみやは, たてまつり給ふ、弘徽殿にそすみ給ふ、これはなに事にもいま一きははい, 〔一代要記〕, 公季中納言なとかおとらんとおほして、さしつゝき參らせ, おもひなれは、同しうはうちにとおほしたつも、けにとみえたる事なり、〓, 〔榮華物語〕, 長徳二年七月二十日, 枕草紙傍註同ジ、, ○宮内省圖書寮本, 略、元子入内ノ, ○上略、顯光ノ女元子入内ノコト, コトニカヽル, 後宮, カヽル、十一月十四日ノ條ニ收ム、, 一條院, 四, 弘徽殿ニ, 住ム, 長徳二年七月二十日, 七九八

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  • 枕草紙傍註同ジ、
  • ○宮内省圖書寮本
  • 略、元子入内ノ
  • ○上略、顯光ノ女元子入内ノコト
  • コトニカヽル
  • 後宮
  • カヽル、十一月十四日ノ條ニ收ム、
  • 一條院

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  • 弘徽殿ニ
  • 住ム

  • 長徳二年七月二十日

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  • 七九八

注記 (31)

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