『大日本史料』 2編 12 寬仁元年7月~11月 p.400

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く、こゝろはせおはすれは、としころいみしうおもひきこえさせ給へれと、たゝいまは, あたらしき御ありさま、いますこしいたはしうおほしめさるゝも、われなからことはり, あやなれ、御返たまはりて、女のさうそくにえひそめのをりものゝうちきそへてたまは, しるさまにおほさる、ふゆのよなれとはかなくあけぬれは、いてさせ給もいとあかぬさ, けても、ほりかはの女御おもひいてられたまふもこゝろくるし、かの女御も御かたちよ, しますらんとおほえたる、御けはひありさま、いとかひありておほさるへし、それにつ, めかしう、けちかうおかしきものから、又いとやむことなし、女君十九はかりにやおは, おはしましゝおりまいらせ給たりとも、れいのさほうにこそはあらましか、これはいま, まにおほさる、御とものみすいしん・御くるまそひ・とねりまて、たゝいまそのまゝに, あひて、えもいはすゑはしたまふに、女房のかはらけさしいつるそてくちなとこそめも, しけるまゝにやとおほゆる一, てくらゐにつかせたまへらましよりもめてたしとおもひたり、院よりはやかでおはしま, りてまいりぬ、さてひくるゝもこゝろもとなくておはしましぬ、四五日ありてそ御とこ, ろあらはしありける、院、皇后宮にまいり給て、よさりいかにはつかしうはへらんすら, ほとに御つかひあり、二位中將なといて, かてとみゆるニ作ル, ○以上六字、富岡本、や, 院延子ノ「, 御露顯, 思ヒ給フ, トヲ心苦ク, 寛子十九歳, 後朝ノ御使, 寛仁元年十一月二十二日, 四○○

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  • かてとみゆるニ作ル
  • ○以上六字、富岡本、や

頭注

  • 院延子ノ「
  • 御露顯
  • 思ヒ給フ
  • トヲ心苦ク
  • 寛子十九歳
  • 後朝ノ御使

  • 寛仁元年十一月二十二日

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  • 四○○

注記 (25)

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