『大日本史料』 2編 7 寛弘8年7月~長和2年10月 p.306

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大夫頼宗、大納言中宮大夫能信、弟ノ君コソハ民部卿長家トテオハシケリ、, ナリ、彼人々ノ家貧ク、身ニ病アリ、年老衰テ、家ヲ出給フニアラス、只菩提心, ヲ發テ、佛道ヲ求メンカタメ也、顯信入道ノ陪從ノ者、出家ノ後良程ヲヘテ、, 治殿トソ申ス、二郎ハ内大臣教通、二條殿ト申ス、次々ノ君達ハ、大納言春宮, 女君達六人、大姉ハ一條院ノ后、後ニハ上東門院ト申シキ、次ノ君ハ三條院, 達十二人、男子六人、女子六人ナリ、男子六人トハ、太郎ハ關白左大臣頼通、宇, 延暦寺ノ房ニ罷リテ、御家ノ繋昌シ給ヘル事ヲ語リ申シケル、御堂殿ノ君, 遁世シテアリシ人々, 〔寶物集〕三左馬頭顯信ハ、御堂ノ道長ノ御子、, 申サレタリケルカ、終ニ十九ノ御年御出家アリテ、比叡山ニ籠ラセ給ニケ, と申もをろかなり、, 十八にてこのよをすてゝ、比叡の山にこもらせ給し、たうとくあはれにな, の無動寺の馬頭入道顯信のきみときこえ給し、其御名は、長禪とそ申なる、, リ、, ノ后、枇杷殿中宮ト申シキ、三ノ君ハ後一條院ノ后、四ノ君ハ後冷泉院ノ后, 〔今鏡〕, 春宮大夫の御おとうとに、おなし高松の御腹, ますみのかけ, 六ふちなみの下, ○中, 略, ノ繋榮ヲ, 從者顯信, リテ一家, ノ房ニ至, 語ル, 法名長禪, 長和元年正月十六日, 三〇六

割注

  • ますみのかけ
  • 六ふちなみの下
  • ○中

頭注

  • ノ繋榮ヲ
  • 從者顯信
  • リテ一家
  • ノ房ニ至
  • 語ル
  • 法名長禪

  • 長和元年正月十六日

ノンブル

  • 三〇六

注記 (29)

  • 386,680,65,2233大夫頼宗、大納言中宮大夫能信、弟ノ君コソハ民部卿長家トテオハシケリ、
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