『大日本史料』 2編 12 寬仁元年7月~11月 p.449

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ヲ、御所ニ迎へ取リ給フコト、四月十日ノ條ニ、内親王、薨ズルコト、治安二年九, 今、小右記ニ據リテ掲書ス、藤原道雅ガ内親王ニ密通スルニ依リテ、皇后、内親王, ○榮花物語及ビ大鏡、當子内親王ノ出家ヲ以テ、三條上皇崩御以前ノコトヽナス、, 今はたゝ思たえなんと計を人つてならていふよしもかな, 今はたゝ思ひたえなんとはかりを人つてならていふよしもかな, あふ坂は東路とこそきゝしかと心つくしのせきにそありける, あらね共、, 榊葉やゆふしてかけしそのかみにをしかへしてもわたるころかな, すへて有ましき御ふるまひ也、, 三位の御消息たに奉らぬほとに、關守きひしくなりけれは、あまたの哥の中に、, にけれは、御くしおろし給にけり、三位、帥内大臣の御子なれは、致光には似るへきに, 又おなし所にむすひつけさせ侍ける、, 逢坂は東路とこそ聞しかと心つくしの名にこそ有けれ, 〔十訓抄〕, みちのくのをたえのはしやこれならんふみゝふますみこゝろまとはす, 三條院皇女前齋宮も、道雅三位にあひ給て、世人知程に成, 寛仁元年十一月三十日, ○齋宮濟子女王ガ瀧口平致光ト通ズル由ノ風, 聞アルコト、寛和二年六月十九日ノ條ニ見ユ、, 第五可撰朋友事, 寛仁元年十一月三十日, 四四九

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  • ○齋宮濟子女王ガ瀧口平致光ト通ズル由ノ風
  • 聞アルコト、寛和二年六月十九日ノ條ニ見ユ、
  • 第五可撰朋友事

  • 寛仁元年十一月三十日

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  • 四四九

注記 (22)

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