『大日本史料』 3編 10 天仁元年1月~天永元年7月 p.106

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のくらうとまち、左近の陣なと、僧房になりたり、, いにしへに色も替らす咲にけり花こそ物は思はさりけれ, 三月卅日, しの清凉殿をは御堂になさせ給ひて、七月迄は霄曉のれいしたえす、共人, 〔殿暦〕三月十九日、己巳、天晴、今日依月忌、未剋許參堀河院、事了酉剋許退出, 〔中右記〕三月十九日、未時許參堀川院、是故院月忌日也、, 三月に成ぬれは、例の月に參りけれ, 内裏にてありし所とも、さひしけなるみるにも、, 〔讚岐典侍日記〕下, 巳時許參香隆寺、於御前小念誦後、晩頭歸家, 事了退出、, は、堀河院の花いとおもしろく、かねかた三條院にをくれまいらせて、, とよみけん、けふとおほえて、花はまことに色もかはらぬけしきなり、むか, 攝政殿、内大臣以下公卿十五人、舊臣濟々參會、長譽已講爲講師、秉燭以前, 還家、, 天仁元年三月十九日, 一、御一周忌ヲ限リテ、例時, ○上略、二月十九, ○中宮、堀河天皇ノ御爲メ, ○金葉和歌, 集、詞書ヲ後, 日ノ條ニ收ム、, 三條院かくれさせおはしまして後、又のとしの春さふ, ヲ修シ給フコト、嘉承二年, りなる花をみてよめるニ、初句ヲこそ見しにニ作ル、, 略, 九月二十三日ノ條ニ見エ, ○中, 御堂トナ, 清凉殿ヲ, 例時絶エ, 講師, ズ, 一〇六

割注

  • 一、御一周忌ヲ限リテ、例時
  • ○上略、二月十九
  • ○中宮、堀河天皇ノ御爲メ
  • ○金葉和歌
  • 集、詞書ヲ後
  • 日ノ條ニ收ム、
  • 三條院かくれさせおはしまして後、又のとしの春さふ
  • ヲ修シ給フコト、嘉承二年
  • りなる花をみてよめるニ、初句ヲこそ見しにニ作ル、
  • 九月二十三日ノ條ニ見エ
  • ○中

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  • 御堂トナ
  • 清凉殿ヲ
  • 例時絶エ
  • 講師

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  • 一〇六

注記 (34)

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