『大日本史料』 4編 1 文治元年11月~3年8月 p.42

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限と思たる心乃中の悲しさ、たとへん方そなかりける、母御前きくろき念, 條のり替共をおろして、是にのれと申けれとも、若君の最後の御供なれは、, 母御前もめのとも泣々出し奉る、乳母きわのきみの御くしゆひ奉る、今を, らはあれ、父御前のましまさむ所へそ、生たきとの給へは、いとゝ人々〓も, 所へ生れんと、願給へとの給へは、若き之念珠とり、いつならん所にてもあ, 今いく程かのるへしとて、大覺寺ゟ六波羅まて、はたしにてそまかりける、, く高雄とツふ所に、文覺坊といふ聖こそ、京都にも鎌倉にも、大事にはをら, 珠の少き取出くて、われをは唯今わかるとも、是にて念佛申て、父の有せん, 乳母乃女房き、悲しさの餘りに、あるにもあらぬ心地して、足にまか勢, てありきける程に、近きほとなるものゝとふらひて申けるは、これよりお, しけり、若君既に御輿に奉り、武士によはけを見えしとて、おさふる袖の下, ちもなのめならすうつくしくそ、御心たもつき〳〵しく、りりなくましま, をきあへすなきあへり、りつ君十二にそ成給ける、御せいも大きに、御かた, くりも、あまる泪そこほれける、齋藤五齋藤六歩行にて御供に參りけり、北, るゝ聖なれ、上臈の公達をも、弟子にしたけれと申たれは、よき事をきゝ〓, ○中, 略, 文覺六代, ヲ救フ, 文治元年十二月十七日, 四二

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  • ○中

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  • 文覺六代
  • ヲ救フ

  • 文治元年十二月十七日

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  • 四二

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