『大日本史料』 5編 1 承久3年7月~貞応2年5月 p.258

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亦稱所勞之由、以人申入云々、, ほとゝきすまたきかぬまそおほへけるひとこゑにてもありぬへしとは, 經家朝臣かもとにて、未聞郭公といふ題を、, 清輔朝臣のもとにて、人々暮春歸雁といふ〓をよみ侍りしに、, 律師範玄歌合のれうとてこひ侍しに、出路郭公を、, ありしよにかはらすみゆるにほひかなはなもむかしをわすれさりけり, おもひをくこゝろもあらしはるふかみはなちりはてゝ歸るかりかね, 相尋相公羽林也、昨日以消息示之、返事云、事始御氣色甚快而内府沙汰之間, ほとゝきすなのる山ちにしをりしてこゝにきゝつと人にかたらむ, 賂、爲棄置予所結構也、季經、々家彼家之人也、全非遺恨、更不可望、但子細密々, 々うたよみ侍しに、すきにしはなの會を思ひいてゝ, 事忽變改、只撰老者預此事云々、古今和歌堪能撰老者未聞事也、是偏〓季經, 注之、送相公許了、爲漸々披露也、可存知之由有返事, 〔明月記〕正治二年七月十八日、天晴、早旦内供來臨依請也、院百首作者事爲, 〔季經三位入道集〕故左京の大夫かくれてのち、六條南庭花のさかりに、人, ○中, ○中, 略, 略, 纔ス, 季經ト經, 季經定家, 季經ト清, 季經ト修, 季經ト範, ヲ通親二, 玄, 輔, 家, 範, 承久三年閏十月四日, 二五八

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  • ○中

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  • 纔ス
  • 季經ト經
  • 季經定家
  • 季經ト清
  • 季經ト修
  • 季經ト範
  • ヲ通親二

  • 承久三年閏十月四日

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  • 二五八

注記 (32)

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