『大日本史料』 5編 16 仁治3年12月~寛元元年11月 p.156

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

ノ有樣、悦目養意、舟ヲヽリテ阿波國坂東郡大寺ニ宿ス、, 由ナムト申テ、, 砌近指入ル、, 行さきもわかふるさとにあらなくに爰を旅とは何いそくらん, 淡路ニ留る人ノ許ヘ、其國ヨリ以來多ノ山海ヲ渡流浪之事并老後流刑之事、返々モ不計之, さひしさをいかてたへまし松の風浪もをとせぬすみかなりせは, 十三日、國府ヲ立、讚岐守護所長雄二郎左衞門ノ許ニ至ル、路間二里、次朝淡路使者カヘル、, 十四日、守護所之許ヨリ、鵜足津ノ橘藤左衞門高能ト云御家人之許へ被預、, 十五日、在家五六丁許引上リテ、堂舍一宇僧房少々有所ニ移シスヘラル、此所地形殊勝、望, 十日、フクラヲタチ、阿波ノ戸ヲワタリテ、佐伊田ニヲル、海路三里餘、シマ〳〵入江々々, 東孤山撃夜月、勸月輪觀之思、顧西遠島含夕曰、催日想觀之心、後松山聳海中、至前湖滿時, 十二日、サヌキノ國府ニイタル、路間六里、廳沙汰トシテ有祖候、次日六里傳馬、, 天かしたなとすみそめの袖ならんおひのなみにもなかれぬる哉, サテ常ニ後ノ山ニ登リテ、海上嶋々ヲ眺望、爲海中鱗類、作自性能加持之法、有時浦ニ出テ, 十一日、大寺を立て、大坂をして、讚岐あいの中の山なる大津賀ニイタル、路間九里餘、, 寛元元年正月二十五日, 護所, 讚岐ノ國, 佐伊田, 讚岐ノ守, 阿波ノ戸, 鵜足津, 阿波大寺, 大津賀, 府, 一五六

頭注

  • 護所
  • 讚岐ノ國
  • 佐伊田
  • 讚岐ノ守
  • 阿波ノ戸
  • 鵜足津
  • 阿波大寺
  • 大津賀

ノンブル

  • 一五六

注記 (26)

  • 1563,584,66,1376ノ有樣、悦目養意、舟ヲヽリテ阿波國坂東郡大寺ニ宿ス、
  • 992,573,52,358由ナムト申テ、
  • 410,573,58,300砌近指入ル、
  • 1801,635,62,1990行さきもわかふるさとにあらなくに爰を旅とは何いそくらん
  • 1095,570,69,2230淡路ニ留る人ノ許ヘ、其國ヨリ以來多ノ山海ヲ渡流浪之事并老後流刑之事、返々モ不計之
  • 297,639,57,1984さひしさをいかてたへまし松の風浪もをとせぬすみかなりせは
  • 1210,571,70,2220十三日、國府ヲ立、讚岐守護所長雄二郎左衞門ノ許ニ至ル、路間二里、次朝淡路使者カヘル、
  • 753,574,64,1845十四日、守護所之許ヨリ、鵜足津ノ橘藤左衞門高能ト云御家人之許へ被預、
  • 638,575,68,2228十五日、在家五六丁許引上リテ、堂舍一宇僧房少々有所ニ移シスヘラル、此所地形殊勝、望
  • 1685,574,66,2213十日、フクラヲタチ、阿波ノ戸ヲワタリテ、佐伊田ニヲル、海路三里餘、シマ〳〵入江々々
  • 519,571,66,2228東孤山撃夜月、勸月輪觀之思、顧西遠島含夕曰、催日想觀之心、後松山聳海中、至前湖滿時
  • 1328,575,66,1957十二日、サヌキノ國府ニイタル、路間六里、廳沙汰トシテ有祖候、次日六里傳馬、
  • 877,635,62,1987天かしたなとすみそめの袖ならんおひのなみにもなかれぬる哉
  • 181,582,63,2202サテ常ニ後ノ山ニ登リテ、海上嶋々ヲ眺望、爲海中鱗類、作自性能加持之法、有時浦ニ出テ
  • 1443,574,66,2124十一日、大寺を立て、大坂をして、讚岐あいの中の山なる大津賀ニイタル、路間九里餘、
  • 1914,624,46,428寛元元年正月二十五日
  • 1161,245,43,85護所
  • 1338,243,45,173讚岐ノ國
  • 1689,243,41,125佐伊田
  • 1204,244,46,173讚岐ノ守
  • 1734,244,41,163阿波ノ戸
  • 761,247,45,128鵜足津
  • 1569,242,44,173阿波大寺
  • 1459,244,43,129大津賀
  • 1295,246,39,37
  • 1922,2287,46,111一五六

類似アイテム