『大日本史料』 5編 17 寛元元年12月~同2年7月 p.245

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

道になん列れり、是即身は朝市にありて、心は隱遁にある謂れなり、かゝる程に、思はぬ, 或は海邊水流の幽なる砌にいたる毎に、目にたつ所々、心とまる節々をかき置て、忘れす, うち過る程、に駒引わたる望月の比も漸近き空なれは、秋きり立わたりて、ふかき夜の月, 樂天の、身は浮雲に似たり、首は霜にゝたりと書給へる、哀に思ひ合せらる、元より金帳, 七葉のさかへを好ます、たゝ陶潜五柳のすみかをもとむ、しかはあれども、深山の奧の柴, 外に、仁治三年の秋八月十日あまりの比、都を出て東へ赴く事あり、またしらぬ道の空、, なきにすゝむ、終に十餘の日數をへて、鎌倉に下り著し間、或は山館野亭の夜のとまり、, の庵までも、しはらく思ひ休らふ程なれば、〓に都のほとりに住居つゝ、人竝に世にふる, かしくらすのみにあらす、さしていつこに住はつへしとも思ひ定めぬ有樣なれば、彼白, 忍ふ人もあらは、自ら後のかたみにもなれとてなり、東山の邊なる住家を出て、相坂の關, 影ほのかなり、木綿付鳥幽かに音つれて、遊子猶殘月に行けん幽谷の有樣おもひいてら, 山重なり江かさなりて、はる〳〵遠き旅なれとも、雲をしのき霧を分つゝ、屡々前途の極, 〔東關紀行〕齡は百とせの半に近づきて、鬢の霜漸冷しと雖も、なす事なくして徒にあ, 相坂關, 東關紀行, 寛元二年二月十七日, 二四五

頭注

  • 相坂關
  • 東關紀行

  • 寛元二年二月十七日

ノンブル

  • 二四五

注記 (17)

  • 1105,620,57,2163道になん列れり、是即身は朝市にありて、心は隱遁にある謂れなり、かゝる程に、思はぬ
  • 633,623,59,2162或は海邊水流の幽なる砌にいたる毎に、目にたつ所々、心とまる節々をかき置て、忘れす
  • 394,628,59,2162うち過る程、に駒引わたる望月の比も漸近き空なれは、秋きり立わたりて、ふかき夜の月
  • 1456,619,59,2169樂天の、身は浮雲に似たり、首は霜にゝたりと書給へる、哀に思ひ合せらる、元より金帳
  • 1339,626,56,2160七葉のさかへを好ます、たゝ陶潜五柳のすみかをもとむ、しかはあれども、深山の奧の柴
  • 990,621,59,2158外に、仁治三年の秋八月十日あまりの比、都を出て東へ赴く事あり、またしらぬ道の空、
  • 753,630,59,2151なきにすゝむ、終に十餘の日數をへて、鎌倉に下り著し間、或は山館野亭の夜のとまり、
  • 1223,627,58,2157の庵までも、しはらく思ひ休らふ程なれば、〓に都のほとりに住居つゝ、人竝に世にふる
  • 1571,624,57,2161かしくらすのみにあらす、さしていつこに住はつへしとも思ひ定めぬ有樣なれば、彼白
  • 519,629,56,2160忍ふ人もあらは、自ら後のかたみにもなれとてなり、東山の邊なる住家を出て、相坂の關
  • 280,626,59,2164影ほのかなり、木綿付鳥幽かに音つれて、遊子猶殘月に行けん幽谷の有樣おもひいてら
  • 866,624,61,2164山重なり江かさなりて、はる〳〵遠き旅なれとも、雲をしのき霧を分つゝ、屡々前途の極
  • 1683,594,72,2186〔東關紀行〕齡は百とせの半に近づきて、鬢の霜漸冷しと雖も、なす事なくして徒にあ
  • 560,247,41,123相坂關
  • 1712,247,39,164東關紀行
  • 175,685,44,378寛元二年二月十七日
  • 177,2311,43,118二四五

類似アイテム