『大日本史料』 6編 8 康永3年正月~貞和元年4月 p.608

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四郎入道ニあになり、又田もすくニとをして西内なり、同南在家しん大, のとしより、康永二年八月中ニさた、, 人四郎五郎か在家へニ御寺の東西内也、在家の東さかいはみちさかう、, 郎内わかみやのまへ西内なり、わかみやの東を南へとをして、大夫四郎, 一西内島分ひつしの年まて、, 南田はすくニ道とをりこいつみ方のまへをさつうなり、御下文巳年、こ, 入道か西のにはつくをさかう、南は見ちをとをしてしきひさいけ、當作, 公田二丁四反分、段別卅文つゝ、目殘六十九文、正物二貫百六十文、夫料二, 同内參段坪下田、資繼跡, 百十六文、, 一百丁内壹町清氏跡, 〔古文書, 宛行給田畠事, (花押), 三年分さたす、, 南朝興國五年北朝康永三年雜載, )張州雜志抄廿五所收, 二愛知郡〓田祠官林正木太夫藏, 人宮楠資, 〓田宮令, 衡所領, 南朝興國五年北朝康永三年雜載, 六〇八

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  • )張州雜志抄廿五所收
  • 二愛知郡〓田祠官林正木太夫藏

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  • 人宮楠資
  • 〓田宮令
  • 衡所領

  • 南朝興國五年北朝康永三年雜載

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  • 六〇八

注記 (23)

  • 1800,715,67,2138四郎入道ニあになり、又田もすくニとをして西内なり、同南在家しん大
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