『大日本史料』 6編 13 貞和5年11月~観応元年11月 p.604

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すけのつほね、, とありけるを、そうし給ひけれは、, 同物かたりにいはく、やよひのころ、日のうららかなるに、女ゐんの御所の, しくふきて、いひかひなくなりにけり、つとめて辨の内侍のかたへ兵衞の, ありけるを、いと興ぜさせたまひて、よしのゝはなをうつせし山なれはと, を立たる其まへに、いかなる物かしたりけん書すけて侍る、, 〓すの木の跡のしるしをきてみれはまことの石となりにけるかな, ひて、ひとつ所にあつめさを給へは、高さ五尺はかりほとの山のなりにて, あすのほとにりたらせ給ひてんと、の給はせたまひけるに、其夜風のはけ, して南朝のありさま物かたりつ之りて、歌なとまじへて、やさしくその時, のさまをのへたり、其中にいはく、くすの木帶刀正つらがはか所に石たう, 庭に、ちりつもりけるはなの、いとおほかりけれは、伴のみやつこめさせ給, て、あらし山となつけさせ給ひて、人々歌よまし、上にもけいし賜ひけれは, 千はやふる神代もきのす夜のほとに山をあらしの吹ちらすとは, みよしのゝ花をあつめし山の名も今朝はあらしの跡にこそあれ, 南朝正平五年北朝觀應元年四月八日, 命松丸南, ヲ物語ニ, 朝ノ有樣, 作ル, 南朝正平五年北朝觀應元年四月八日, 六〇四

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  • 命松丸南
  • ヲ物語ニ
  • 朝ノ有樣
  • 作ル

  • 南朝正平五年北朝觀應元年四月八日

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  • 六〇四

注記 (22)

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