『大日本史料』 6編 19 文和3年4月~文和4年8月 p.583

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ちくせんのくにこたへのかうのうちの田地、つほたととちやうはへす, やくしとして、一所ものこさすゆつりりたすところなり、た乃さま量けな, 右之所りやうは、兼阿ちう〓いのしよりやうなり、しかるに、かな太郎をち, さつまのくにやまとのゐんの内、はりはらのみやうてん、よこみねのむ, く、ちきやうすへきしやう如件、, 状於按察卿、依物念不申沙汰云々、所詮重訴訟出來者、可被糺明當知行實之, 而預勅裁畢、然建武三年軍勢亂入之時、文書等多以紛失其隨一也、仍付進訴, ら、うちのゝむら、たかはらまちひさきた, しにあり、, 汰究淵底、被召出地百姓等、被尋當知行實、百姓一同、迎攝院管領之由申之、隨, 大理時、〓勝光院屬官人章方出訴状、有存旨間、以迎攝院立面捧陳状、御沙, 〔東寺百合文書〕, 文和三年十一月十五日兼阿(花押), 旨可被申候也、仍状如件、, 法性寺柳原地是法相傳之私領也、永代讓與阿登女、件地先年日野按察卿資, 京一之十五, ○山城, 明、, ノ地ヲ爭, 章方柳原, 女ニ讓ル, 是法法性, 同迎攝院, 寺柳原ノ, 地ヲ阿登, ヲ以テ陳, 状ヲ出ス, フ, 南朝正平九年北朝文和三年雜載, 五八三

割注

  • 京一之十五
  • ○山城
  • 明、

頭注

  • ノ地ヲ爭
  • 章方柳原
  • 女ニ讓ル
  • 是法法性
  • 同迎攝院
  • 寺柳原ノ
  • 地ヲ阿登
  • ヲ以テ陳
  • 状ヲ出ス

  • 南朝正平九年北朝文和三年雜載

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  • 五八三

注記 (30)

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