『大日本史料』 6編 20 文和4年9月~延文元年11月 p.703

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量候、炭やきは無苦ボに候、使者難得責伏候て、昨日も打置候ツ、此邊は, 無相違之由申候、いかにも上ノ句ノてにはニ依て、如此候やらんと推, 人躰拂底候之間、せめてもの事ニ、實順法印ニ小童を乞候て申入候、比, 所見候、先々も如申承候、著座なとは斟酌勿論、如此事は、非斟酌之限候間, 瑜伽論供養ニ、右府被參者、著座難治之由申入候、依右府不參、令參仕之由, 三月九日、天晴、前内府送状、御百首事談之, 鶯六月祓、下句の字事、公清もさ存候て、そノ字ヲ注付て候しか、のノ字, 野左縱斟酌候、所見出來候とも、今度適列人數候、傍家其例も候へは、可進, 入歟之由存候、但若建保事、思度たる事かやと覺候, 者も、近比は斷思候間、周章候、兼又度々申候はんとて忘却候、建保四年御, 百首野宮左府、詠進之條、就奉行候まては、記六分明候、而去年之人數ニは、, 若座次なとの事ニ申所存候て、こと〳〵しく取返てや候つらん、其年院, 蒙仰候し、正しく不相憚候所見等候之間、不可及斟酌之旨、存定候了、建保, 不見候、不審候、光明峯寺其時右大臣にて被進候歟、野左は前右大臣候き, 儀如何、御推量わたらせ給候らんとて、令申候計にて候、よき不審にて候、, 南朝正平十一年北朝延文元年八月二十五日, 略, ○下, 如此物ともつくも、沙汰曾不承候, も子細候はしと推量候、人數事、書落之條、勿論候歟、, 著座候、如此沙汰候、, ○, 南朝正平十一年北朝延文元年八月二十五日, 七〇三

割注

  • ○下
  • 如此物ともつくも、沙汰曾不承候
  • も子細候はしと推量候、人數事、書落之條、勿論候歟、
  • 著座候、如此沙汰候、

  • 南朝正平十一年北朝延文元年八月二十五日

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  • 七〇三

注記 (24)

  • 374,792,69,2067量候、炭やきは無苦ボに候、使者難得責伏候て、昨日も打置候ツ、此邊は
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