『大日本史料』 6編 20 文和4年9月~延文元年11月 p.951

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繪卷を畫かきしことあり、延文頃の人なり、, 師祇園社の繪所なり、, 卷を畫かく、延文頃の人なり、, の社の大繪師職に至る、ひとゝせ中務少輔隆盛、因幡守隆章、和泉守郊貞, 其父詳ならす、隆盛の一族なとに, とゝもに、信州諏訪の社の祭の圖を繪かく、延文頃の人なり、, もに、信州諏訪の社の縁起祭禮等の圖を畫かけることあり、延文頃乃人、, 右四員合作、畫於信州諏訪社繪卷、詞書筆者有兩説、或云、後年續書之、〓云、則, や、中務少輔隆盛、攝津守隆昌、和泉守郊貞, 和泉守に任す、法名通曉と號す、其, 和泉守郊貞姓詳ならす、諱は郊貞, 攝津守隆昌姓は藤原、諱は隆昌、攝津守に任す、因幡守隆章乃男、京都祇園, 父しられす、中務少輔隆盛、因幡守隆章、攝津守隆昌とゝもに、信州諏訪社の, 因幡守隆章姓は藤原、諱は隆章、因幡守に任す、後出家して覺智と號す、京, 住吉家所傳土佐系圖云、隆兼二男隆盛、, 〔皇朝名畫拾彙〕ニ中務少輔隆盛、因幡守隆章法師覺智、攝津守隆昌和泉, とゝもに、信州諏方の社の繪, 守邦貞法師通曉、, ○正年七年年末雜, 載神社ノ條參看、, 或作, 或作, 邦貞, 邦貞, 貞, 邦, 或, 作, 南朝正平十一年北朝延文元年十一月二十八日, 九五一

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  • ○正年七年年末雜
  • 載神社ノ條參看、
  • 或作
  • 邦貞

  • 南朝正平十一年北朝延文元年十一月二十八日

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  • 九五一

注記 (30)

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