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とへ申をりりけお、, とるものを、程へて後みせ侍りけるを返しつかはすとて、顯氏卿母も, いとゝ跡絶はてゝ侍し、先帝の御廟もゆかしくおほしめされてれる, 今更にふにこそとつれみとせまてあやめもしらて過し悲しさ, 〓から房とも、皆煙と成はてゝ、跡たにも見えさりけるに、塔尾の御廟, うたほとはえもかおやらて中〳、に哀やあさお水くきの跡, あやめをもしらて過こし程よりもけふこそ更にふをはそへつれ, にや、三月十日頃、新待賢門院御まいり有けるに、藏王堂をはしめて、さ, 新待賢門院かくれささ給ふて後、御日數のほとの事なとしるしをき, そのまゝに忘れむとすれは更に又泪もよほす水くきの跡, にて有けるを、御ふくはてけるとしの五月五日、さうぬにつけて、前大, 御返し前大納言實爲, 納言實爲にたまはせける、後村上院御製, 返し左近中將顯氏母, 遍照光院入道前太政大臣, 左近中將顯氏母, 李花集〕〓歌吉野の行宮もあらぬかたにうつされて後、岩のかけ道も, 御返し, 返し, 前大納言實爲, とへ申をりりける、遍照光院入道前太政大臣, 南朝正平十四年北朝延文四年四月二十九日, 重ノ歌, ノ返歌, 阿野實爲, 返歌, 皇ノ御製, 後村上天, 顯氏母ノ, 西園寺公, 南朝正平十四年北朝延文四年四月二十九日, 五六三
頭注
- 重ノ歌
- ノ返歌
- 阿野實爲
- 返歌
- 皇ノ御製
- 後村上天
- 顯氏母ノ
- 西園寺公
柱
- 南朝正平十四年北朝延文四年四月二十九日
ノンブル
- 五六三
注記 (32)
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