Loading…
要素
割注頭注ノンブル
OCR テキスト
寺は今南宗寺の境内にあり、, 掘給へ、其井の清泉をしらんとならば、試に地上に鵜ノ羽を布ば、白露浮ま, シテ、統一聖化ヲ祈ラシム、, 金龍井、相傳むかし龍神出てゝ乾峰和尚に曰、精舍を建給はゞ、初メに井を, ん、其地に就て、井を開かば、清泉を得給へし、和尚其言の如くするに、果して, は三村明神の西門の前にあり、舊地に井あり、前に見へたり、元和の兵火の, 名水湧出す、角虎道人文集曰、海會寺之龍井者、泉南第一の名泉也云々、海會, 廣智國師、諱は士曇、字は乾峯、聖一國師三世の後也、正暦元年の草創也、初メ, 御祈祷卷數令披露了、尤以神妙、近日殊修七星如意輪供、可奉祈一統聖化者、, 海會寺南宗寺の境内にあり、禪宗宿松山と號す、京師東福寺に屬す、開基, 後こゝに移す、, 十二日, 〓南朝、觀心寺ノ祈祷卷數ヲ獻セルヲ褒シ、且七星如意輪法ヲ修, 〔豐後國志〕, 〔觀心寺文書〕, 大野郡寶福寺, 在大野郷片島村、天長中、叡山金龜和尚, 掛錫于此、興其廢、以爲開山之祖康安元年示寂、, 天文中、月底俊公又興其廢、因爲中興之祖云, 居焉、經年之久亦〓廢、建武中廣智國師, 佛寺, 、己, 丑, 大野郡, 九, 豐後賣福, 寺ヲ開ク, 海會〓, 南朝正平十六年北朝康安元年十二月十二日, 八三二
割注
- 在大野郷片島村、天長中、叡山金龜和尚
- 掛錫于此、興其廢、以爲開山之祖康安元年示寂、
- 天文中、月底俊公又興其廢、因爲中興之祖云
- 居焉、經年之久亦〓廢、建武中廣智國師
- 佛寺
- 、己
- 丑
- 大野郡
- 九
頭注
- 豐後賣福
- 寺ヲ開ク
- 海會〓
柱
- 南朝正平十六年北朝康安元年十二月十二日
ノンブル
- 八三二
注記 (30)
- 1362,626,57,857寺は今南宗寺の境内にあり、
- 1710,624,61,2207掘給へ、其井の清泉をしらんとならば、試に地上に鵜ノ羽を布ば、白露浮ま
- 410,546,78,854シテ、統一聖化ヲ祈ラシム、
- 1826,626,62,2205金龍井、相傳むかし龍神出てゝ乾峰和尚に曰、精舍を建給はゞ、初メに井を
- 1593,629,62,2199ん、其地に就て、井を開かば、清泉を得給へし、和尚其言の如くするに、果して
- 1006,635,61,2189は三村明神の西門の前にあり、舊地に井あり、前に見へたり、元和の兵火の
- 1475,626,63,2204名水湧出す、角虎道人文集曰、海會寺之龍井者、泉南第一の名泉也云々、海會
- 1122,623,65,2200廣智國師、諱は士曇、字は乾峯、聖一國師三世の後也、正暦元年の草創也、初メ
- 191,626,62,2217御祈祷卷數令披露了、尤以神妙、近日殊修七星如意輪供、可奉祈一統聖化者、
- 1239,629,64,2199海會寺南宗寺の境内にあり、禪宗宿松山と號す、京師東福寺に屬す、開基
- 894,625,57,421後こゝに移す、
- 536,539,69,220十二日
- 526,812,81,2018〓南朝、觀心寺ノ祈祷卷數ヲ獻セルヲ褒シ、且七星如意輪法ヲ修
- 752,581,107,349〔豐後國志〕
- 289,580,103,417〔觀心寺文書〕
- 775,1131,72,482大野郡寶福寺
- 802,1708,45,1117在大野郷片島村、天長中、叡山金龜和尚
- 685,639,47,1332掛錫于此、興其廢、以爲開山之祖康安元年示寂、
- 640,631,47,1262天文中、月底俊公又興其廢、因爲中興之祖云
- 757,1708,44,1117居焉、經年之久亦〓廢、建武中廣智國師
- 761,985,40,113佛寺
- 571,767,41,56、己
- 525,783,43,37丑
- 805,1134,43,178大野郡
- 802,986,42,39九
- 805,266,43,171豐後賣福
- 762,266,41,168寺ヲ開ク
- 1253,268,44,125海會〓
- 1946,704,46,870南朝正平十六年北朝康安元年十二月十二日
- 1944,2431,43,118八三二







