Loading…
要素
割注頭注図版
OCR テキスト
を鶴山といふ、峨山の墓は寺中永壽院にあり、, 開山墓所なり、二世峨山和尚の御母墓所、其外武衞家の墓など有、又左の山, 右の山を龜山とて龜形の山にて, ○總持寺文書(武藏), 〔能登國名跡志〕, 貞治三年十二月十三日遺状, 總持寺又, 南朝正平二十一年北朝貞治五年十月二十日, 道下, 乾, ○中, 略, 墓, 詔碩母ノ, 韶碩ノ墓, 五二一
割注
- 道下
- 乾
- ○中
- 略
頭注
- 墓
- 詔碩母ノ
- 韶碩ノ墓
図版
- 五二一
注記 (16)
- 172,673,64,1338を鶴山といふ、峨山の墓は寺中永壽院にあり、
- 286,673,70,2170開山墓所なり、二世峨山和尚の御母墓所、其外武衞家の墓など有、又左の山
- 410,1866,61,975右の山を龜山とて龜形の山にて
- 1215,2011,57,427○總持寺文書(武藏)
- 381,625,96,485〔能登國名跡志〕
- 1123,2004,50,668貞治三年十二月十三日遺状
- 409,1373,59,337總持寺又
- 74,738,49,840南朝正平二十一年北朝貞治五年十月二十日
- 391,1166,41,109道下
- 435,1166,41,39乾
- 438,1739,41,103○中
- 396,1736,38,38略
- 265,316,41,39墓
- 310,318,42,159詔碩母ノ
- 180,319,44,165韶碩ノ墓
- 488,599,1419,2094五二一







