『大日本史料』 6編 28 貞治6年5月~貞治6年12月 p.888

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きく女にわたすへし、これも先のゆつりの〓し、, りたふ所なり、たゝしもしはんきやうにもおよはぬ程に、ようさうなとに, きゑむをては、經名かちうたいのしりやうたる間、ちやくし五郎丸にゆつ, 〔吉川家文書, 又南入口地、東限大道、西限岸、南限岸、北限道、, きこんのかみりみやうに、のふちろに五反をさきのゆつりにそゑて、かう, ていかなる事もあらん時は、舍弟二郎五郎にそうむらをわたすへし、此内, 貞治六年八月三日宗惠(花押), 右地者、宗惠重代相傳地也、而依一諾之子細、齋藤六郎左衞門殿七、所讓與申, 一御たうめんに後田一丁をそゑては、朝枝のほゝう丸にわたすへし、, 也、永代更不可有違亂煩、仍爲後日讓状如件、, あきの國大朝の本庄大貫の村さかへのた、ゑた村の内、ともより名をかり, 、一郎丸之代, 齋藤六郎左衞門殿, きかわの經名のおきふミの案文〓」, 藤家吉川庶流篇日, きかわの經名のおきふミの案文〓, 二, (端裏書), 齋藤六郎左衞門殿, 、一郎丸之代, 村内, 大朝本莊, 所領安藝, 吉川經名, 五郎ニ總, 大員枝村, 内名田ヲ, 丸ニ讓ル, 幼少ノ節, 村ヲ與フ, 嫡子五郎, ハ弟二郎, ベシ, 南朝正平二十二年北朝貞治六年雜載, 八八八

割注

  • 藤家吉川庶流篇日
  • きかわの經名のおきふミの案文〓
  • (端裏書)
  • 齋藤六郎左衞門殿
  • 、一郎丸之代
  • 村内

頭注

  • 大朝本莊
  • 所領安藝
  • 吉川經名
  • 五郎ニ總
  • 大員枝村
  • 内名田ヲ
  • 丸ニ讓ル
  • 幼少ノ節
  • 村ヲ與フ
  • 嫡子五郎
  • ハ弟二郎
  • ベシ

  • 南朝正平二十二年北朝貞治六年雜載

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  • 八八八

注記 (36)

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