『大日本史料』 6編 36 応安5年7月~応安6年正月 p.276

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ハゝ、一方につけられ申候へく候、よてこ日のためにけい状如件、, いろいをやめ候ところ也、たゝしならさき上村の公拾こきやくのところ〳〵において, へとも、一族うけ給り候によて、公拾如子のかた〳〵のたうちきやうのところ〳〵は, は、いつれ五郎はんふんちきやうすへく候、もし此やくそくたかいにへんかいのき候, 比國のわつらひニよりてさしをき候つるニ、御口入ニよりて、宇津宮まつ萬疋, あしを領状のうゑ、ゆいそあるニよりて、安禪寺方丈文林大姉ニこのうち三分一を永, ひせんのくになかしまの庄ならさき上村の公拾のちきやうのふん、公直いきを申とい, 契約・和與, おうあん五年六月六日橘公直(花押), 代ゆつりまいらせ候也、三分二のあし御返けい状ちう文のむねニまかせて、年ことに, 越中國高野庄領家職は重代相傳の地也、地頭請所の分ニて三萬疋のあしニて候を、ちか, 〔小鹿島古文書〕, 〔徳富猪一郎氏所藏文書〕, 和與したてまつるならさきの公拾のあとの事, ○肥前, 京定八千, 三百廿疋、, 「法印定熙新拾遺ニ入, ○肥前, 下, 知行分ノ和, 橘薩摩公拾, 肥前長島莊, 領家職ノ契, 越中高野莊, 約, 與, 南朝文中元年北朝應安五年雜載契約・和與, 二七六

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  • 京定八千
  • 三百廿疋、
  • 「法印定熙新拾遺ニ入
  • ○肥前

頭注

  • 知行分ノ和
  • 橘薩摩公拾
  • 肥前長島莊
  • 領家職ノ契
  • 越中高野莊

  • 南朝文中元年北朝應安五年雜載契約・和與

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  • 二七六

注記 (29)

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