『大日本史料』 6編 41 応安7年6月~応安7年12月 p.180

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てあるへけれは、こゝにて改めて御方に參りたらんには、一跡の安堵さらに相違ある, 護をやめられ、其跡を探題の分國として了俊を當國の守護になされたるとなり、川尻, 兄も世になくなりて、今は賀々丸も孤單の身となり、頼かたなき風情にて、力を落し, を幸として、さる所望せし人もありしなるへし、肥後國事、先年守護御拜領候しかと, となり、一族等の中より、此一跡事内々所望申仁等候へとも、とある一族は誰なりし, も云々とは、前に見へたるおとゝしの秋、惟村を當國の守護に補せられしかとも、い, や、また實にさる事ありしにや、其比人の心にては、菊池一族の中にも、武政か早世, ましけれは、惟むらによく〳〵すかしこしらへて、御方に參るへきやう籌策あるへし, か守護職所望の事は前にも見へたることくにて、了俊より一旦ははやく判物なと出し, て、執可申よしいひ置たれとも、初のことにそむきて御方には來らさりし故、了俊も, かなる子細ありてか、今また九國の守護人ともを多分得替せられて、惟村か當國の守, し跡、子息の武朝其頃は賀々丸といひていまた幼穉のものなれは、近年打つゝき父も, 〔征西將軍宮譜〕, 菊池跡事、子息御方に參候者云々、今としの夏、武政病死したり, 南朝文中三年北朝應安七年十月七日, 十文中三年甲寅應安七年, 一掲グルモノニ同ジ、, ○今川貞世書状略ス、前, ○内閣文庫本, 一八〇

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  • 十文中三年甲寅應安七年
  • 一掲グルモノニ同ジ、
  • ○今川貞世書状略ス、前
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注記 (20)

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