『大日本史料』 7編 1 明徳3年閏10月~応永2年3月 p.452

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日、奇進状如件、, 明徳四年, 無他妨可被知行者也、この地においては、万さうくしあるへからす、仍爲後, 明徳四年, に、隅田宮之藥師たうゑ、本券三つうあいそゑ候て、限永代お奉奇進事實也、, 右周防國束荷保内新高水之別當職由緒相傳之地也、爲慧禪大徳義海大姉, 右件田者、藥師堂之壇供田也、さたまるうゑの年貢は、壇供米三升なり、かの, 地は、鶴熊女先祖相傳之私領也しかるに、今老病之末後仁後生菩提之ため, 之追善料足而田布施持地寺永世奉寄進者也、任先例、可有知行候、爲後證、仍, 〔下總國分寺寶〓印塔銘〕, 十二月廿三日鶴熊女花押), 合大者, 十月十五日中詮(花押), 寄進状如件、, 毎年二月彼岸中勸進頓寫之料田壹段、燈油免〓、至于子々孫々、不可有違, 〔隅田八幡社文書〕, 奉奇進水田事, 之むかい、みそそいかけたなり、, 紀伊國隈田北庄内、さとかみの森, 癸, 酉, ○紀, 伊, 癸, 酉, 紀, 地寺, 水田寄進, 周防束荷, 状, 田布施持, 保, 紀伊隅田, 宮藥師堂, 田地寄進, 壇供田, 状, 明徳四年雜載, 四五二

割注

  • 之むかい、みそそいかけたなり、
  • 紀伊國隈田北庄内、さとかみの森
  • ○紀

頭注

  • 地寺
  • 水田寄進
  • 周防束荷
  • 田布施持
  • 紀伊隅田
  • 宮藥師堂
  • 田地寄進
  • 壇供田

  • 明徳四年雜載

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  • 四五二

注記 (39)

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