『大日本史料』 7編 7 応永12年正月~同13年5月 p.69

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棺、莫誰兒孫, らく浪高くて、舟ともあらそふ程に、人々もみな家々にうつれり、かれ飯、さ, 病革急告、, 釋天日月、獨歩佛國乾坤、三千刹界、空華結果、六十四年、葉落歸根、無量刧來、成, 三日、絶海和尚來、終日在病床而看候、及昏而歸、々時囑侍僧曰、縱雖三更夜半、, 惟、福惠兼備、徳望倶尊、景星鳳凰、是師之雅表也、玉珊瓊塘、是師之美言也、掲開, いれり、こゝにもうき橋かけて、磯きはなる寺にいらせ給ふ、こき入程風あ, 氏宮殿、這裏是大寂定門、龍蟠虎踞、拓至人之玄境、瑞草異花、開自己之田園、恭, けなともさま〳〵にあり、赤松まかなひ侍りけり、いかめしかりき、一時は, 就逝多國土、今日因甚〓、向钁頭邊墺踉、師兄々々、聯芳續〓、須付後昆、隻履空, 四日、師問侍僧曰、時候何刻、僧曰、四更禪罷而五更鐘鳴、師乃端坐、聞靜板未鳴、, 掩土蓋寵、海云、謹聞命矣、, 定之相也、速可歛焉、, 〔鹿苑院殿嚴島詣記〕廿工日、出給て播磨國室の泊につかせたまふ、赤松ま, 泊然而寂, 相國等持兩和尚急輿而至、視師顏貌、泣然曰、師〓上生紅、是入, 等持和尚承遺囑、掩土佛事、擧唱法語、々曰、這裏是慈, 略, ○中, ○中, 略, 等持和尚承遺囑、掩土佛事、擧唱法語、々曰、這裏是慈, 床ニ侍ス, 周信ノ病, 法語, 應永十二年四月五日, 六九

割注

  • ○中
  • 等持和尚承遺囑、掩土佛事、擧唱法語、々曰、這裏是慈

頭注

  • 床ニ侍ス
  • 周信ノ病
  • 法語

  • 應永十二年四月五日

ノンブル

  • 六九

注記 (27)

  • 694,719,59,339棺、莫誰兒孫
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