『大日本史料』 7編 13 応永16年雑載~同17年12月 p.260

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ル丸貫の大太刀給ル、其外料足風情ハ不及書付處ナリ、, 給候、進上物赤松殿子息之中一々取上申サル、夫より種々興共御座候けるに、畠山將, 監殿仰ケルハ、御近習若御旁々嶋津殿の荷をさかされ候て、此麝香を取られ候ハてハ, 畢、其後御用意たくハへの弓と矢ヲ取出〳〵、同征矢箭櫃よりいたき出シ、末座落ノ, え御參詣有ニ依テ、關々ヲあけらる、是一ノ非名譽哉、伊勢ノ守護土岐與安方ニ仰付, ラルヽニ依テ、嶋津殿伊勢詣ハ、往復ノ者迄付ラレケレハ、人數おひたゝ敷そ有け, と仰ラレケル程ニ、御前之御旁々へモ時之興なれハ同前ニ候之處、御前モ御笑候ける, 間ニ出され候、是ハ何ニと上意被下、元久於國合戰仕ル用意ニ候、舟中之用心候と、, て、思々ニ奪取、御前ヲ被忘候程ニ、興も出來候ケルト、下向ノ御供旁々物語承傳候, 程ニ、餘ニ荷なとも見苦敷候、如何ニ元久思召て、麝香之殘又御家來ニ御尋候へは、, 畠山將監殿に對シ被仰候得者、弓ノ中撰ヒにて被取候、二三張、五六張被取候方モ有、, 一赤松殿ニ内儀以御談合有、就諸事御越度ニてハ如何ニ思召テ、御暇御申、從京都伊勢, 一ツ二ツつゝ置ケルは、盆ニつみて御座敷ニ被出、其時御近習之畠山將監殿ヲ始とし, 御所之御前ヲ不憚樣候ける事ハ、島津殿屋形ノ位ニ御成候之故、忝モ上聞ニ御叶候、, 赤松方ノ取成候之上ハ、題目此謂候歟、猿樂觀世太夫參り能仕候、嶋津殿より七尺餘, 詣ス, 大神宮ニ, 猿樂, 過セシム, ヲシテ尠, 幕府諸關, 應永十七年六月十一日, 二六〇

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  • 詣ス
  • 大神宮ニ
  • 猿樂
  • 過セシム
  • ヲシテ尠
  • 幕府諸關

  • 應永十七年六月十一日

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  • 二六〇

注記 (23)

  • 632,720,59,1375ル丸貫の大太刀給ル、其外料足風情ハ不及書付處ナリ、
  • 1897,713,61,2167給候、進上物赤松殿子息之中一々取上申サル、夫より種々興共御座候けるに、畠山將
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