『大日本史料』 7編 19 応永20年12月~同21年3月 p.258

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候へとも、無力餘無面目人の思はん事口惜候へはと相存候、或毎事憑存候事候へは、, 汰申候、毎年拾五斗と相存候へとも、年の損否ニより候て、いかゝ候へきやらんにて, 月・三月三日・九月九日・月迫等の地下行一向ニ沙汰仕候、人夫等迄も二个度ならて, 一年乃至二个年なんとは進候とも、始終失墮之因縁ニ成候はん事口惜事ニ候へは、毎, は召仕事も候はす候、それも京都樣ニ國の人夫被召仕候樣なる義ニ御座候、是は地下, 分と心得申候處、廿卅ニ請申候はんと申躰ニ候由承候、いつれのかたにて候やらん、, にて下司の召仕候ける分と堅申候間、今ニ其分候、等閑之者とや被思食候と深恥入恐, 存候、所詮いまゝてのやうニ成下候之處、餘人ニ御契約候はん事上者、近邊人并南都, 所詮當庄不案内躰候歟、地下よりあかり候はんする物をこそ進し候半とは申候へ、不, はす候、公事物節供をは公方へは不進候、是をはとゝめをき候、以此分修五・修二, 思議ニ存候、於光實者八大高祖兩部諸尊も御知見候へ、御米一粒ニても私仕たる事候, 年御代管にて被及收納、地下案内ニ者成候樣ニと申候了、尤可然之由承申候ニ付、其, 樣ニ方々へ申候しも、比興之沙汰ニ成候はん事、深無面目候へは、光實請申候て可沙, 經御計候者可喜入存候、進人候へは可然樣ニ可得御意候、尚々近邊人々思候はん條恥, 應永二十年雜載年貢・諸役, 應永二十年雜載年貢・諸役, 二五八

  • 應永二十年雜載年貢・諸役

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  • 二五八

注記 (17)

  • 402,677,69,2150候へとも、無力餘無面目人の思はん事口惜候へはと相存候、或毎事憑存候事候へは、
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  • 872,683,66,2174にて下司の召仕候ける分と堅申候間、今ニ其分候、等閑之者とや被思食候と深恥入恐
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