『大日本史料』 7編 20 応永21年4月~同年12月 p.253

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きやの事、, 教書なさすは、守護方いかてかしゆんきやうすへき、たゝかの代官等かたらいをゑて、状, 代官等をあいかたらいて、わたし状をかすめとる歟、これ又かんきよくのいたりなり、御, つうおもたいせさる上は、いかてかせひの御沙汰二およふへきや、たゝしたう國の守護の, しき、他人あうりやうのよし申へきや、かんきよくのいたりのかれかたき事、, 一いこゝならひこ寒河等、八十余年片時といへとも、公文職こふにんせす、將又公けんの一, 一寒河しきりにおんこてきたいのよし申歟、正きやう年中に、時方りやうしゆの時、おこま, やうしゆのはからいとして、所職ふにんをせられんは、いかてかおんこてきたいと申すへ, のいたりなり、應永は永和よりはるか之以後のねんかうなり、いかてかゆつり以前の公文, の入道教意, 寒河當公文しきは、伊子々かかたより應永四年ゆつりらるゝよし申歟、しかるに永和年中、, さい科ある二よて、代官きやうふ入道をもて、公文にふせられぬ、り, さら御沙汰二およふ條なけき入事、, 永泰院殿四國へ御下のきさミに、まいた公文しきをあうりやうのよしを申す條、ふかしき, 寒河出羽入道申子細いゝなき間事, 應永二十一年七月二十六日, いこゝか, しん父か、, 應永二十一年七月二十六日, 二五三

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