『大日本史料』 7編 29 応永24年雑載~同25年正月 p.59

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再三申侍し程に、心ならす一兩年は彼山中にそ逗留し侍し、, てかの翁かこと葉に取つきて、かすかなる庵をむすひ、時々里に出て食をこひなんと, の往來かとおほえて、鳥の跡よりも猶かすかなるか、たえ〳〵見え侍をたとりつゝ、, もしさやうの故實有は、とりたてゝたひなむやといふに、あなおもひよらすや、努々, 人そ、此すゑには道もあるへからす、われは此山に年ひさしく杣をとりて住侍る物な, やと問に、さる事なし、心さしありて住給はんに、子細やはあるへきといふに、やか, 侍し比、ひろき野邊の草高かりしを、はる〳〵とわけ過たるに湖水あり、汀に付て人, り、わか跡に付ておはしませ、人里まては日も暮なんとすといふに、うれしくて、彼, は雪よりもしろく、身には藤編る衣をきたり、此翁歩み近付て、いつくへ心さし給ふ, 所からのおもしろさに一足つゝ前へ歩に、傍にさかしき谷をおりくたる人あり、鬢鬚, し侍事十餘年、其後出羽國に山居し侍しに、其所の人、草堂を一宇おもひ立事あり、, 翁のもとにいたりぬ、けにも白地に板とも取かけたる柚木の中に、翁かたくひなんめ, りとみえて、人ひとりふたりをとなふ、むかしは此湖のあたりに人の住侍事ありける, さやうの才覺なきよし返答し侍しを、佛法興隆は御身に帶してしかるへき事なりと、, みちの國に乞食し, 應永二十四年雜載學藝, 今光明寺, 是也, 梵燈出羽光, 明寺ヲ開ク, 五九

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注記 (21)

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