『大日本史料』 8編 22 長享2年5月~同年7月 p.180

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長享元年八月、江〓の佐々木六角大膳大輔高頼、將軍家の命に叛キ、征伐の事あり、義尚, 時政親願けるは、近年分國土民一向宗に荷擔し、國政を守らす、土貢を遲滯し、やゝも, 自ラ籏を進メて、諸國の軍勢を催促ある、富樫介政親加賀の軍勢を引連、幕下に伺候ス、, すれは一揆を企テ、國中動亂こ及ふ事度々也、幕下ゟ能越兩國の士に御教書を被成下、, 兩國ゟ加勢仕るに於ては、早速國中の一揆を鎭め、安穩之仕度旨願けれは、早速下國し, 此次郎政親、身の長六尺勇壯の兵にて、器量群に秀つ、依之若狹の武田與多勢を先陣に, ントテ廻文委細ニ認テ、諸國ノ門徒ニソ遣ケル、, て、一揆等を取鎭め可申也とて、御暇給はり、兩國え加勢の義を下知有ける、長享二, 理大夫ハ江州余呉ノ庄ニ立忍ヒ、温井備中守ハ越前堀江館ニ〓居ナリ、諒ニ僅ノ年月ニ, の里に在陣也、富樫政親近年家督を繼て、奉公始に手柄の程、將軍甚た感せらるゝ、此, 加賀・能登・越中マテ手ニ入レシ、一揆ノ所爲ソ奇怪ナル、尚モ奢ノ餘ニヤ越前國ヲ討, 手配して、江州へ發向あるに、高頼一戰に打負、甲賀山へ逃入ける、將軍家は猶江〓鉤, 〔昔日北華〕二富樫興一向宗合戰, 年春四月、雪も漸消ぬれは、政親野々市の屋形を立退キ、同郡高尾の城へそ籠りける、, 統ヲ逐フト, ノ説, 長享二年六月九日, 一八〇

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  • 一八〇

注記 (18)

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