『大日本史料』 8編 35 延徳2年正月~同年2月 p.212

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

十二月廿八日、御しゆかゐけふもおなし、, 公惠、之ヲ上ル、, 二十九日、, 可然候とて、東大寺といふ文字を籠られ候て、蘭奢待と申にて候、已前公方樣御下向, 元來は聖武天皇の御ちんにて候、東大寺と可申にて候へとも、たき候物にて候間、不, つる、暮々よき御次にて候餘迷惑候、不苦儀候者、今一二年といふ事可有御申候、無, 之時、子細を直こ御尋候程こ、於御前此儀を申入候、尤と其時始而御覺語候由被仰候, 〔實隆公記延徳二年春紙背文書〕, 裏紙よこれ候間、二三重之調候て上申候、可然樣之御計候て、御進上可目出候、此沈の, 清凉殿ニ修セラルヽコト、本年四月二十八日ノ條ニ見ユ、, 僧正東大寺公惠ヲシテ、蘭奢待ヲ截ラシム、是日、, ○嘉樂門院崩御ノコト、長享二年四月二十八日ノ條ニ、第三回御忌辰法華八講ヲ, 御所望之由予傳仰者也、, 由存候、大〓上意も其分と存候、, 〔實隆公記〕正月廿九日、壬午、天晴、〓甲西室僧正。蘭奢待一切、被進上禁裏、先日, 實隆公記〕正月廿九日、壬午、天晴、, 東山殿, 延徳二年正月二十八日, 至七日裏, ○二月四日, 午、, ○下, 略, 壬, ○中, 沈木, 向ノ時蘭奢, 義政奈良下, 待ノ謂ヲ尋, 聖武天皇ノ, ヌ, 延徳二年正月二十八日, 二一二

割注

  • 至七日裏
  • ○二月四日
  • 午、
  • ○下
  • ○中

頭注

  • 沈木
  • 向ノ時蘭奢
  • 義政奈良下
  • 待ノ謂ヲ尋
  • 聖武天皇ノ

  • 延徳二年正月二十八日

ノンブル

  • 二一二

注記 (33)

  • 1713,651,56,1050十二月廿八日、御しゆかゐけふもおなし、
  • 1247,600,74,551公惠、之ヲ上ル、
  • 1357,600,72,318二十九日、
  • 537,655,59,2192可然候とて、東大寺といふ文字を籠られ候て、蘭奢待と申にて候、已前公方樣御下向
  • 653,655,59,2187元來は聖武天皇の御ちんにて候、東大寺と可申にて候へとも、たき候物にて候間、不
  • 303,662,60,2184つる、暮々よき御次にて候餘迷惑候、不苦儀候者、今一二年といふ事可有御申候、無
  • 418,655,61,2192之時、子細を直こ御尋候程こ、於御前此儀を申入候、尤と其時始而御覺語候由被仰候
  • 876,643,79,1064〔實隆公記延徳二年春紙背文書〕
  • 768,655,60,2178裏紙よこれ候間、二三重之調候て上申候、可然樣之御計候て、御進上可目出候、此沈の
  • 1483,825,58,1455清凉殿ニ修セラルヽコト、本年四月二十八日ノ條ニ見ユ、
  • 1357,1054,79,1720僧正東大寺公惠ヲシテ、蘭奢待ヲ截ラシム、是日、
  • 1598,771,59,2057○嘉樂門院崩御ノコト、長享二年四月二十八日ノ條ニ、第三回御忌辰法華八講ヲ
  • 1004,652,59,594御所望之由予傳仰者也、
  • 187,661,55,819由存候、大〓上意も其分と存候、
  • 1111,632,108,2215〔實隆公記〕正月廿九日、壬午、天晴、〓甲西室僧正。蘭奢待一切、被進上禁裏、先日
  • 1114,644,75,1074實隆公記〕正月廿九日、壬午、天晴、
  • 598,2443,43,129東山殿
  • 1831,701,43,429延徳二年正月二十八日
  • 873,1756,41,171至七日裏
  • 917,1758,43,210○二月四日
  • 1351,975,44,59午、
  • 1035,1284,42,80○下
  • 988,1283,42,43
  • 1398,978,37,45
  • 1157,1755,39,73○中
  • 639,310,42,83沈木
  • 514,311,40,215向ノ時蘭奢
  • 557,311,41,215義政奈良下
  • 468,310,40,215待ノ謂ヲ尋
  • 683,311,44,211聖武天皇ノ
  • 428,313,31,35
  • 1831,701,43,429延徳二年正月二十八日
  • 1831,2518,47,123二一二

類似アイテム