『大日本史料』 9編 1 永正5年6月-永正6年9月 p.363

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之間勸一盞了, やぬ、同宰相中將、わしのおの中將所さ人なり、, 候御劔云々、相公羽林候番, く少將、ちみやうゐんの侍從もろなか、御とも大すけ、新内侍殿、大せんしき, 御くうの事につきて、いさゝかちゝして、四のすおにしゆつきよなる、七の, 所作人散状、, 從新參多氏者云々、雨儀於日花門下被行之、臨時一座了還御云々、隆康朝臣, すきにする〳〵とはつる、めてたし、かく人さんしやうにあり、たうしやう, 康朝臣、脂燭爲學朝臣、雅業、源諸仲、職事頭中將康親朝臣, 内侍所臨時御神樂内侍所御神樂, 實隆公記〕, 〔宣胤卿記拔書〕十二月廿三日、内侍所御神樂、奉行藏人右少辨秀房、御劍隆, 御神樂也、藏人右少辨秀房申沙汰也、於此亭著裝束、永宣卿刷之、蘭臺送一桶, 御神樂出御、職事頭中將康親, 十二月廿三日、丙戌、晴、入夜雨降、明重朝臣來、今夜内侍所, 掌侍、新, 朝臣、右少辨秀房、脂燭殿上人爲學朝臣、雅業、基親、源諸仲、典侍、, 典侍云々、所作人公音朝臣、和歌、本拍子隆康朝臣、其外地下云々、恆例和琴陪, 秀房等參云々、, カヽル、七月十六日ノ條ニ收ム, ○中略、四辻公音奏慶ノコトニ, 候御, 大納言, 三十, 典侍、, 裾, (働修寺藤子), 九, 康親, ニテ行ハ, 所作人散, 日華門下, 職事中山, 状, 永正五年十二月二十三日, 三六三

割注

  • カヽル、七月十六日ノ條ニ收ム
  • ○中略、四辻公音奏慶ノコトニ
  • 候御
  • 大納言
  • 三十
  • 典侍、
  • (働修寺藤子)

頭注

  • 康親
  • ニテ行ハ
  • 所作人散
  • 日華門下
  • 職事中山

  • 永正五年十二月二十三日

ノンブル

  • 三六三

注記 (36)

  • 1183,658,55,415之間勸一盞了
  • 1531,660,58,1351やぬ、同宰相中將、わしのおの中將所さ人なり、
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