『大日本史料』 9編 2 永正6年10月-永正7年12月 p.174

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玉かしは藻にうつもれぬあられ哉, 催しに、, 可睡軒あゝまてうち送て、旅宿のなくさめとり〳〵にして、翌日市川とい, 路を行あゝち侍りし也、江戸に歸りつきて、又の日館にして、, ふあたりの折劣し、雪風〓きてしは〳〵休らふ間に、むかひの里にいひあ, はじる人有て、馬とものりもてきて、やかて舟渡りして、あしの枯葉の雪う, 廿八日、品川へとての間に、旅宿の古梅軒一折のよし有しかと、發句はかり, 堤行野は冬かれの山路かな, もいかてをよふ屋からんとそ興に入侍し、けふの暮程に、會田彈正忠定祐, ちはらひ、善養寺といふに落つきぬ、おもしろかりし朝なるへし、此處は炭, の宿所にして、夕めしの後も色々の〓にて夜更ぬ、明日廿五日とて連歌の, 月や江による波〓ゝむ朝こほり, 市川、隅田川〓たつの中の庄也、大堤四方にめくりて、おりしも雪方りて山, 薪なともまれにして、蘆を折たき、豆腐をやきて一盃をすゝめしは、都の柳, にて、, 會田定祐, 江戸ニ歸, 善養〓, 市川, 永正六年是歳, 一七四

頭注

  • 會田定祐
  • 江戸ニ歸
  • 善養〓
  • 市川

  • 永正六年是歳

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  • 一七四

注記 (21)

  • 1810,700,61,1054玉かしは藻にうつもれぬあられ哉
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