『大日本史料』 10編 1 永禄11年8月~同12年2月 p.854

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角右衞門彌五八を御ほめ候儀者、其方を御ほめ有之内意候、其段分別候而, 五八なと五騎拾騎之侍を持候故に、左近とは名をよはれ候、何とて我等と, 立、取たる首を川えなけ捨候、豐後守殿、竹右衞門を御引廻被成、左近殿唯今, 候、扨左近殿は竹右衞門を被相尋候得共、不罷在候付。本多豐後守被御候は, 城下え乘歸高名致し候。其間に諸人數皆引あけられ候へ共、右兩人は、竹〓, 之首尾、權現樣御尋之時、可申上樣有之間敷候、とかく竹右衞門を御尋被召, 一所に不在之、引殘竹右衞門を相待候としかり被申候、竹右衞門承之、致腹, 衞門を相待罷在候處え、竹右衞門罷歸、各神名に只今迄御相待候事忝申, より首を見せ候、竹右衞門聞之、義等こ對し、是見よ詞は不似合と中、即t〓, 門高名いたし、角右衞門、彌五八一列に馳來候。左近殿御覽候而、角右衞門、彌, 連可然との儀也、左近殿挨拶には、たとへ竹右衞門討死仕候共、無了簡事候, 竹右衞門若討死仕候哉。無心許候、其樣子を不見屆候而〓、今晩於濱松、今日, 衞門と彌五八に向ひ、各は此所に被相待候へ、竹右衞門は高名仕可參と申, 先々御引取候へと被仰候へ共、豐後守殿は籏を取立、良久御待候處、竹右衞, 必腹立無之、堪忍仕候樣にと、達而被仰聞、即被召連、見付え御歸候、其時從濱, 憤激戰功, ヲ抽ンヅ, 岡田元次, 永祿十二年正月二十三日, 八五四

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  • 憤激戰功
  • ヲ抽ンヅ
  • 岡田元次

  • 永祿十二年正月二十三日

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  • 八五四

注記 (20)

  • 265,678,73,2217角右衞門彌五八を御ほめ候儀者、其方を御ほめ有之内意候、其段分別候而
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