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仰也、依之、美作守、淺原主殿、久野三郎左衞門と談し、淺原を使として、氏眞の, 勇士小倉内藏助方へ申遣す趣は、當城を開き、遠州を家康え被遣候はゝ、北, 罷在候所、氏眞公其節駿府を信玄公に押立られ、懸川に籠城之節、權現樣, 御責被遊候へは、今川家宗徒の侍城をはらひ罷出、せり合度々に及ひ候, 兵を引退といふとも、信玄かために遠州をとられ給ふへき事不可疑との, は、罷出討死可仕〓申候得は、岡部治郎右衞門〓申者進出、備中守討死無, 條氏康と被仰合、駿府に在陣の信玄を前後より攻寄押拂、氏眞駿河へ御歸, 討死を相止申候、依之備中守子息彌太郎を和睦の使に申付、酒井左衞門, 在々の侍まて、家康の陣へはせかゝり、當城を二重三重に取かこみ、某儀, 參之樣に相談可仕之旨、委細に申遣故其義相調, 得とも、御味方御人數方々より馳集候故、備中守、氏眞公へ申上候は、近邊, 盆こ候、命を全し、何方迄も君の御供仕可然と申に付、備中守けにもと存、, 一永祿十二年己巳二月廿三日、今川氏眞公の侍大將朝比奈備中守、掛川に, 捨、剩家康に對し、度々兵を向られ、止事なく不和に及、縱此後和義を調へ、我, 〔本多家武功聞書〕遠〓掛川にて忠勝樣御働の事, 永祿十二年三月八日, 系圖傳異事ナシ、, ○上下略、寛永諸家, 覺悟, 朝討死ノ, 氏眞家康, 朝比奈泰, ニ和ヲ請, フトノ説, 四一
割注
- 系圖傳異事ナシ、
- ○上下略、寛永諸家
頭注
- 覺悟
- 朝討死ノ
- 氏眞家康
- 朝比奈泰
- ニ和ヲ請
- フトノ説
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- 四一
注記 (25)
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