『大日本史料』 10編 3 永禄12年7月~元亀元年正月 p.664

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此等を初として、侍共二百騎餘乃頸を取、其外上下合七百十一乃頸帳を, て、頓而薩〓へをし給ふ、薩〓山に敵見挺る、何ほと跡平ゝかんもしらす、, 追くぼす、もとより頭なた一揆なれは、何乃造作もなく迯ちる、澳津河原, 切候て、旗本六十人衆をもつて薩〓山へ取あかる、馬場美濃衆同勢にそ, もつて、吹上乃六本松にをひて、かち時を執行給ふ也、扨蒲原の仕置あり, に、ひと手もしまけ申にたゐくは、會〓如何と遠慮也、乍去城意安よく見, 利とる見かたにく、其上日暮に及ひ候へは、自然大將なた寄合ものとも, ふ、次郎右衞門小身にて、か樣の行、如何樣たゝも乃ならすと信玄公思食、, 貫知行取、今川家の近習小身の侍あまた乃人をあ〓め籠居、信玄暫攻給, まく追懸、雜兵廿七八人うちこ海す、然と大將なき一揆なる故、高名とは, さのみ申さぬなり、則其次日駿府今川殿館に、岡部次郎右衞門と申三百, 千兵はゑやすく、一將はもとめかたし、此次郎右衞門を助をお取たてゝ、, 信玄公、馬場美濃をめして尋給ふ、馬場美濃申す、今日は長途をうちて參, 我先をさせ候はゝ然〓しとて無事になされ、岡部次郎右衞門、信玄公御, 一杉浦一石井忠兵衞一渡邊豐前一早野玄蕃, 永祿十二年十二月六日, 信玄薩〓, 府中城ヲ, 山ヲ陷ル, 取ル, 永祿十二年十二月六日, 六六四

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注記 (22)

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