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一立花壹岐被申候は、御當家戸次御名字之御記録は、鎭連豐後にて滅亡之, 候哉、立花新五郎殿ゟ、又別と相傳可申仁無之候、合點こ及不申候、休無答, 花系圖は、右四郎左衞門被差上候而、少御取立被成候、御教書等も差上可, 申所存と見へ申候得共、いか樣之儀ニ候哉、其分こて被差置候、御いとま, 被申候、則新介望こて、立花之系圖、其外大友殿ゟ之感状をはしめ、將軍家, 申上、其後行方しれ不申候よし、, 之書出し抔あたた見と候故、新介驚入申候、四郎左衞門し、新五郎殿腹替, り之弟を子に被仕たると聞申候、御家ニは歩行こ而居被申候、只今之立, て、尤こ候由申候而、立花四郎左衞門始彌十郎と申候を呼て、新助に引合, 處ニ大友具管ゟ此方之儀具ニ相知たる由申衆有之候、いりゝ仕しれ申, 燒失之儀具ニ致承知候、只今〓早立花御名字之舊記は有御座間敷候、然, 時、齋藤休無こ相尋候得は、立花新五郎殿ゟ御當家へ參候品は、肥後ニ而, 光之脇差、彼是數多有之候を皆燒失ニ而、扇、脇差、籏計相殘候由物語被成, 〔淺川聞書〕坤一立花之御系圖之事を、朽網新介肥後ゟ何も柳川へ參候, 候、, 元龜二年七月十三日, 六四五
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- 元龜二年七月十三日
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- 六四五
注記 (17)
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- 163,738,44,373元龜二年七月十三日
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